自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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がんこオヤジの独り言

2015/02/27

以前、某 Verdi スタッフ(S と表記)が、スペシャルティコーヒー専門店へ行ったときのこと、店員さんとの会話がかみ合わなかったことをぼやいていた。
曰く

S :この豆の焙煎度合いは、どのあたりですか?

店員さん:こちらは、グァテマラのカップ オブ エクセレンス(以下 COE と表記)で6位を取った豆で、非常に高価なものです。

S :はい、そう書いてあるのは読めば分かるのですが、焙煎度合いはどの程度なのでしょうか?

店員さん:はい、オレンジのようなフルーティーさと、甘いマウスフィール、爽やかなアシデティが特徴です。

S :だから、どのていど焼いているのですか?

店員さん:・・・・・

その店には、他にも COE 入賞豆が多数あったそうである。
COE というものは、簡単に言うと認定を受けた審査員が珈琲の風味について、いくつかの項目ごとに点数をつけ、合計点が85点以上なら入賞、その中で、点数の高いものから順位がついていくわけである。

たくさんの豆を同じ次元で評価するためには、焙煎度合いを統一しなくては、公平にならない。
その審査用焙煎度合いは、Verdi の焙煎度合いと対比すると、非常に浅いものである。

そして、審査用の浅い焙煎度合いで点数がつけられるのだから、点数がつけられたのと同じ味、つまり85点以上の味を出そうと思ったら、審査用と同じ焙煎度合いに仕上げないと、点数は違ってくるわけである。
したがって、スペシャルティ専門の珈琲店は、極浅煎りの豆ばかりが揃うことになる。

そのような理由から、この店の店員さんは、焙煎度合いを変えることによって、同じ豆で味を変化させるといった概念が、そもそもなかったのであろう。
恐らく、焙煎度合いという言葉も聞いたことがなかったのかもしれない。

と、言っても、いまいちピンとこない方も多いかと思うので、別の例ということで、珈琲を時計に置き換えて言うと、こんな風になる。

客:すみません、目覚まし時計が欲しいのですが

店員さん:はい、当店には、ロレックスとオメガとブルガリとタグホイヤーがあります。
あ、国産品なら、セイコーとシチズンもありますが、どれにしましょうか?

客:いや、ブランドではなく、枕元に置く目覚まし時計が欲しいのです。

店員さん:ロレックスには、宝石も埋め込まれていて、非常に高価でゴージャスですよ。

客:いや、腕時計ではなく、目覚まし時計はないのですか?

店員さん:・・・・・

Verdi のお客様なら、皆様ご存じのことではあるが、焙煎と言うものは、浅いと酸味が強く出て、深くなると苦味が勝ってくる。
スッキリとゴクゴク飲みたいときは、浅煎りが良いだろう。

フルーティーな酸味や芳醇な後味が楽しみたいとき、ハーブティーと同じような気分で飲めるものが良ければ、中煎りが最適。

少し珈琲らしい苦味と、まったりとしたコクのある珈琲で、リラックスタイムを楽しみたければ、中深煎りを選べば間違いない。

そして、苦味で目覚まし効果を得たいときや、どっしりとした重厚感が欲しいときは、深煎りでないと、その部分は得られない。

飲み物と、時計を一緒にしてはいけないが、時計に例えるとこうなる。
常に身につけて、いつでも時間を確認するための腕時計。
デスクの上に置いておいたり、朝起きるために使う目覚まし時計。
自宅のリビングなどにかけておく壁掛け時計。
部屋のインテリアとして飾るなら、鳩時計や振り子時計も良いだろう。

そのときの気分によって珈琲を飲み分けるのであれば、同じ焙煎度合い=同じフィールド内で、細かな風味特性で選ぶより、焙煎度合いで選んだ方が、より気分にマッチしたものが飲める。

同じように、時計を選ぶとき、細かなデザイン以前に、今必要なのは、どのタイプの時計かの方が、重要である。
引っ越したばかりの人が、リビングの壁掛け時計を買おうとホームセンターへ行ったのに、腕時計を買って帰るなんて考えられないことなのである。

しかし、なぜだか珈琲の場合、最近は豆の産地やカッピングの点数などだけがクローズアップされ、焙煎というものが、どこかへ行っているように感じてならない。
「スペシャルティ=極浅煎り」しか選べないとなると、ハーブティーのように、香りを楽しむ用途に限定されてしまう危険をはらんでいる。

最近、何名かのお客様から「スペシャルティコーヒーって、どれも同じような味ですね」と言われた。
なかなか丁寧に、おこたえする時間がなく、簡単に「確かに、スペシャルティーは、どれも似た味になる傾向がありますね」とおこたえしてきたが、どうしてそう感じるか、というのは、上に書いたようなことではないかと思う。

長々と書いてしまいましたが、ここまでお付き合いくださった方々、ありがとうございます、と、同時に、どうもお疲れ様でした。
今日は、単なるがんこオヤジの独り言でした。

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