先日のこと、ヴェルディの自家製焼き菓子の仕入れを検討したいという方に向けてプレゼン資料を作っていた。
10ページほどのPowerPointを作るのに、30分ほどかかったのだが、一仕事終えた後、社員の鈴木に「Geminiを使ったら、簡単に作れますよ」と言われた。
私もPOPなどを作るとき、AIに手伝ってもらうことがあるものの、営業のプレゼン資料を丸投げするなんて考えたこともなかったので、彼女のアドバイスに対する返答に困った。
彼女の発言は、私が効率よく仕事をするためのアドバイスとして好意で言ってくれていることは分かっている。が、なんだか違和感を覚えずにはいられない。
とは言え、やらずに意見をするのは良くないので、ものは試しでやってみようと思ってGeminiでプレゼン資料を作ろうとしたのだが、そもそも使い方が分からなかったので、まずは使い方を調べて、さらにプレゼン資料を作ろうと思ったら、画像を読み込ませたり、コンセプトなどを覚えさせたりと、それだけで数時間かかるので、やはり自力で30分で作った方が手間も時間もかからないということが分かった。
でも、「最近の若い人」という言葉、あまり使いたくないWordではあるが、あえて言うなら、最近の若い人はAIに面倒なことをさせるというのが一般的な発想なのかもしれない。
言わば、私が高校生だった頃、レポートは全て手書きだったが、大学の途中あたりからはワープロで打つのが一般的になってきた、といった感じか。
おかげで、漢字を読めても書けなくなってきたが・・・
話を元に戻して、一つ思うのは、自力でできるけど、時間を節約するためにAIを活用するのか、自力でできないこと、あるいは、やったことのないことをAIにさせるのか、同じAIを使うのでも全くわけが違ってくるように思う。
何か知りたいことがあるとき、一つのヒントとしてGoogleに訊いてみるというのは、私もよくすることなのだが、前提として、それは一つの意見や考え方であって、それを全てだと思ったら大間違いだという認識を持っていないといけない。
なので、自力で出来ない、或いはやったことがないことや、自分自身がしっかりと多方面から学んで理解していないことをAIに任せて他人にプレゼンなどしてしまったら、後々困ることになるのではないかと思う。
同時に、自分が理解していないことをAIに任せて、実際に書籍や本物を見て調べることをやめてしまったら、頭の空洞化につながるように感じてならない。
漢字が読めても書けなくなるという、手書きからワープロを使うことによる人間劣化より一段ランクが上がってしまう。
そんなことを言ったら、これだからオジサンは使えないと言われるかもしれないが、実際にコーヒーのことにしても、ネットの情報や商社などからの説明と、実際に産地へ行って生産者から聞く情報とでは食い違いがあることも少なくない。
百聞は一見に如かず、私はネットの情報やAIの回答を信じないわけではないものの、それを鵜呑みにするのは怖いので、アフリカでも中南米でも、チャンスがあれば現地で実際に現場を見てから判断したいと思っている。
確かに、私は古いタイプの人間だという自覚はあるが、やはり簡単に他社に対するプレゼンに「Geminiを使えば・・・」という発想には違和感を覚えてしまう。
しかし、「説得力のある表現を挙げて」といったことを訊くのは上手な活用法かも。
ただ、一つ確実に自覚しなくてはならないことは、自分が今後接していく人の中には、「AIを上手く活用するのではなく、AIを使えば簡単」という発想で物事を考え、私に対しても、そのレベルで物事を言ってくる人が少なからずいるということ。
そこで、AIに「AIに物事を丸投げする人がどんな人か100時程度で要約して」と質問したら、以下のような回答があった。
AIに丸投げする人は、効率志向・学習負担軽減・複雑タスクの外部化・完成度より即時アウトプット重視・リスク許容が高い傾向。検証・透明性・設計の工夫が鍵。
だそうである。
そこで、実際に今後ヴェルディの社員として、こういうタイプの人が出てきたとき、このタイプの人に指導するポイントを訊いてみた
このタイプの人にとって大切なポイント
- 品質管理と検証の意識を忘れずに
- AIは強力ですが、出力は必ず検証・補正が必要です。最終責任は人間にあります。
- 出力の透明性を確保する
- AIがどのように結論に至ったか、根拠や前提条件を確認する習慣を持つと後悔が減ります。
だそうだが、そもそも検証・補正や根拠・経緯を検証しようと思う人なら丸投げしないのでは?と思ったり・・・
AIが出始めて頃は、AIとの付き合い方をどうするか考えていたのだが、最近はAIを簡単に常時利用する人との付き合い方を考えている今日この頃。