毎日多くのお客様と接していても、ほとんどの場合は、ご注文を受け、商品を提供し、お会計をするときなどに、必要な会話をするだけ。
常連のお客様の中には、カウンター越しの会話を通して、どこにお住まいで、何をされていて、どんなことがお好きで、どういった店へよく出入りされている、なんてことまで伺っている方もいらっしゃるが、まぁ、そういう方々は、全体の中で見ると、極少数派と言っても過言ではない。
そんな親しく話しかけて下さる常連のお客様以外は、見た目で分かること、つまり、男性か女性か、おいくつくらいの方か、程度しか分からないのが普通。
中には、珈琲のことをいろいろと聞いて下さるお客様もいらっしゃるので、そういうときは、なるべくその方のご希望に沿う珈琲をお勧めできるよう、いろいろとお伺いし、おこたえしていく。
そうして20数種類の中から選ばれた一杯が、お口にあったかどうか、お帰りの際などに伺ってみて、「美味しかった」と言って頂けることが、私たちの大きな喜びではある。
しかし、やはりお客様と店員という関係上、目の前にいらっしゃても、薄いレースのような幕がスタッフとお客様の間に下りているような感じで接しているのが実情と言えよう。
さて、もう数年前から、週に1~2回モーニングでご来店下さるお客様に、先日いつも通り珈琲をお出ししたときのこと、私にとっては、ここしばらくで最も衝撃的な経験をした。
そのお客様は、ジムに通っていそうな、マッチョなタイプの男性と、ちょっと話しかけにくそうなクール&ビューティーな雰囲気の女性。
いつも、男性はアイスコーヒーとジャムトーストをお召し上がりで、女性はホットのカフェ・オ・レと、バタートーストをご注文下さる。
これまで何年間か、週に1~2度はお顔を見るものの、店の営業上必要な会話以上のやりとりをすることなく過ごしていたが、失礼ながら「駐車場もあるし、いつも何かのついでにお立ち寄りになっているのだろう」程度の認識で接していた部分は否めない。
その日は珍しく、男性のお客様がアイスコーヒーではなく、ソフトブレンドをご注文。
「今日は、寒いから、さすがにアイスじゃなかったんだな」程度にしか思っていなかった。
すると、「おかわりに、もう一杯下さい、これと同じもの、ヴェルディブレンドだっけ?」とおっしゃったので「こちらは、ソフトブレンドで、ヴェルディブレンドとは違いますが、こんどはヴェルディブンレンドになさいますか?」と訊いたら「じゃぁ、ヴェルディブレンドを」というお返事。
すぐさまお淹れして、出した珈琲を一口飲まれた次の瞬間、目じりが下がって「おいしいなぁ」と、本当に気持ちのこもった声でおっしゃった。
さらに、続けて、隣にいらっしゃった、お連れの女性にも「これ、ほんま美味しいで、飲んでみる」と。
すると、今までご注文等以外の会話をしたことのなかった女性のお客様が「カフェ・オ・レって、こんな花柄のカップもあったんですね」と。
私が「カフェ・オ・レのカップは、全部で5種類あるのですが、花柄は、欠けたり割れたりで、1客しか残っていなかったので、お客様にお出ししたことがなかったのかもしれません」と言ったら、「実は、毎回、どの色のカップで来るかで、その日の運勢を占っているんですよ。今日は黄色だったから、○○なことがあるんじゃないか、とか・・・」と、満面の笑顔で語りかけて下さった。
何となく、今まで私とそのお客様の間に下りていた、レースのカーテンが、サーッと音を立てて上って行ったような気がして、クール&ビューティーという印象だったその女性のお客様が、すごく可愛らしく(失礼)輝いて見えてきた。
同時に、こちらのお客様は、実は Verdi の珈琲の味を認めて下さっていたのだと、なんだか今まで失礼なことをしていたように思えてしまった。
目の前にいらっしゃるお客様は、よほど会話をしない限り、見た目以上の情報は得られない。
しかし、見た目の情報とは、いかに危うく、実は何も見えていないかもしれない。と、言うことを教えられたような気がする。
今までも、どんなお客様に対しても、決して手抜きなどした覚えはないが、しかし、やはり全てのお客様に、全力で接しないといけない。
しっかりと珈琲をお淹れした結果、実は、私たちの拙い言葉や説明以上に、Verdi の珈琲は、お客様に対して雄弁にその味を説明しているのだ、と、分かるひとときであった。