自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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店主のお仕事

テーブルPOP

2026年9月4日 

このところ天気が優れない。

今日も朝から雨が断続的に降ったりやんだり、激しくなったり・・・

天気予報によると、この週末は荒れ模様とか・・・

お客様商売をしている私たちにとっては、週末の悪天候が一番辛い。

で、今日も朝から雨で、お客様が全然おいでにならなかったらどうしようと思っていたら、そこまで悲観的になるほどではない程度に店内は賑わった。

が、やはり雨が降っているか否かでは、お客様の足に影響が出てしまうことは否めない。

なんとか前線と台風、一気に北上して日本から離れてくれないかなぁ・・・

さて、そんなことを思っていた今朝、電話が鳴ってパートのFさんが取ったのだが、ちょっと怪訝な顔をしながら「マスター、リコーダーファンの方から電話です」と。

通常、営業電話は私につながず切るよう言っているのだが、「昨日お世話になった・・・」と言いつつ、私の名前を出されたのと、最近私は音楽の友とか、音楽系の出版社とのやりとりをよくしているので、そういった繋がりかと思って私につないだらしい。

Disney fanとか、昔々エアチェックでお世話になっていたFM fanとか、何となく後ろにfanがついたら雑誌のような気がするのだが、それにしてもリコーダー、つまり笛とは、相当ニッチな題材だなぁ・・・と思いながら出てみたら・・・

「リコー ジャパン」だった!

OAや精密機器メーカーのリコーさんが展開しているオフィス用品販売のことで、昨日営業の方とお話をして、お取引を開始することになったことに対するお返事の電話だったわけだが「リコージャパン」が「リコーダーファン」か。

まぁ、聞こえなくもないか?

「次からは、ちゃんとリコージャパンって聞こえると思います」と言っていたが、まぁ、人間自分の頭の中にない言葉って、他の知っている単語に聞こえてしまうこともあるから面白い。

これは、味覚も同じで、自分が言語化できていない味については、感覚的に美味しいのかどうなのかを判別できないことがある。

昔、タモリの空耳アワーってあったけど、もし英語が堪能だったら、英語そのものに聞こえる言葉が、日本語の変な言葉に聞こえてしまうわけで、面白い番組だった。

ただ、言葉に限らず【味】の面でも、あまりお客様に馴染みのない味だと、そのお客様が素直にその味を受け入れられないこともあるから、毎月出す限定コーヒーについては、ちゃんとPOPなどで風味を表現することによって、お客様も「たしかに、こんな味だな」と安心して、そのうえで「美味しい」と思って頂けるもの。

テーブルやカウンターに置かれている限定コーヒーのPOP、実はそんな思いで書いているのだが、先月などは「あの世的美味しさ」という、誰も想像もつかない風味表現をしていた。

でも、意外とそんな未知の味を楽しんで下さるお客様が多く、ちょっと嬉しかったり。

今月のブレンド「月に願いをブレンド」は、「甘く切ない恋の味」。

抽象的だが、少なくとも「あの世的美味しさ」よりは想像がつくと思う。

皆さんにとって「恋の味」はどんなものか?

ぜひお試し頂ければと思います。

あ、ちなみに、今回のブレンドの味、私が〇十年前にカミさんに抱いていた味を再現したというわけではありませんので、あくまで抽象的な概念です。その点お間違いないよう。

第7番

2026年8月31日 

昨夜は、ついついプロ野球のハイライトなどをたくさん見てしまい、そのうち眠くなって日記を書きそびれてしまった・・・

とりあえず、Gに強いということはいいことだ!

さて、一夜明けて、今日は朝からちょっと家の用事などをして、9時過ぎには下鴨店へ。

今日は月末ということで、何かと作業があったので、お昼過ぎまで下鴨でデスクワークをしてから、午後は北白川へ。

月末って、何かといろいろあるのだが、月末と言うことは、要するに8月も今日でおしまい。

なんか、つい先日お盆だなんて思っていたのに、早いものである。

話は変わって、私の車の中では、CDから取り込んだ音楽が順繰りに流れているのだが、今日はショスタコーヴィチの交響曲第7番を聞きながら出勤。

恐らく、西側諸国では現在最も演奏されないであろう曲。

サブタイトルは「レニングラード」

第二次大戦時のソ連、ナチスに包囲される中、戦時のプロパガンダ色が濃い曲で、反ファシズム(ナチスに対する)の意味合いで作られたと言われ、初演後にはマイクロフィルムでスコアがアメリカへ送られ、ソ連での初演数か月後には、トスカニーニがアメリカでの初演を行ったという、ある意味1940年代の世界観を望める曲。

ただ、ショスタコーヴィチ自身は、既に戦争前から構想を持っていて、ナチスだけではなくスターリン体制に対する批判も込められていたとのことで、なかなか複雑な解釈を持っている。

と、曲が作られた経緯はこんな感じだが、以前私と長女が車で移動しているときも、この曲が流れていて、この曲についての説明をしたことがあった。

作曲の経緯ではなく、初演時の物語。

以下、娘に対する説明

当時のソ連は、対ナチス戦線の中、オーケストラ楽員の中にも死者が多く、徴収されて戦地へ赴いてるものもいたが、この曲を演奏するにあたり、前線から楽団員が呼び戻された。

もうこの世にいない団員も多い中、残った楽団員と集められた奏者たちより演奏された様子は、ホールだけではなく街中にも設置された拡声器やラジオから、国中はもとより、戦地の兵士やナチス軍の耳に届けられた。

ソ連の壮大な国土、平和な日々が雄大なメロディーで表現される中、徐々にナチスの侵攻が始まり、日々その恐怖が増してくる第一楽章は、ファゴットによる死者への追悼メロディーで締めくくられる。

戦前の美しい風景などが見えるようなメロディーの中、常に戦争に対する恐怖が影を落とす第二楽章。

追悼と悲しみ、そして激しい怒りを表現した第三楽章。

そして、重苦しい戦いの中、徐々にソ連は劣勢を跳ね返し、最後は壮大なメロディーに乗って、歓喜の勝利を迎える第四楽章。

その第四楽章の最後の部分、第一楽章の主題が高らかに演奏された直後、急にその主題を妨げるかのようにタ、タ、タ、ターンという、ベートーヴェンの運命の主題のようなリズムが繰り返される。

実は、このリズムはモールス信号の【V】を意味しており、ソ連の戦勝を表現しているもので、演奏終了後のホールは拍手と涙で埋め尽くされ、戦争で疲れ果て、希望を失いかけていた国民を奮い立たせた。

と、説明をしたら、娘はこの曲に対する関心が高くなり、その後車の中でショスタコーヴィチの7番が流れたら「ショスタコーヴィチだね」と、言うようになった。

この曲、本当に壮大で素晴らしい曲なのだが、何も知らずに聞き流したら、単なるBGMになってしまうところ、その曲に込められたストーリーを知ることで、より感情移入ができて、細かい部分までしっかりと聴けるようになる。

これって、コーヒーでも同じで、何の説明もなくコーヒーを飲んだら、単に「美味しいな」だけなのに、その豆についてのストーリーを知ると、より深くその豆を知りたくなり、そしてその豆が好きになっていく。

私たちは、コーヒーを売りつつ、しっかりとその背後にあるストーリーも紹介することで、お客様により良いコーヒーライフを楽しんで頂けるのではないかと、ショスタコーヴィチを聞きながら思った出勤時間だった。

そんなわけで、今日の午前中に下鴨で仕事をしながら聴いたBGMは・・・

同じ7番でも、ショスタコではなくベートーヴェン。

ベートーヴェン 交響曲第7番、第8番

アバド指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団

本当はアバドの8番を聞きたくて自宅から持ってきたのだが、ベートーヴェンの7番って、ショスタコとは全く違った感覚で元気がもらえる曲。

7番を聴こうと思っていたら、恐らくクライバー/バイエルンのライヴ盤を持ってきていたと思うが、もちろんアバドも素晴らしい演奏を聴かせてくれる。

仕事をしながら聴くには、ショスタコーヴィチはちょっと重すぎる一方、ベートーヴェンの7番は、仕事を捗らせたいとき、BGMにかけていたら良いかもしれない。

ブル6

2026年8月17日 

今日は下鴨店が定休日だったので、朝から下鴨店で経理スタッフと税理士事務所の方と月次の営業成績についてのミーティング。

店で営業していると、日々の数字を追うことはしていても、なかなか月間の細かなことについては見落としていたり、気付いていないこともあるので、毎月こうして振り返りのミーティングをして、プロの目で見た数字を分析すると勉強になる。

午後には、少し北白川へ行って、その後ヨドバシへ。

私が自宅で音楽を聴くときに使用しているヘッドフォンは開放型なので、すぐ横にいたら音漏れしているのが聞こえてしまうため、外で使うのが憚られるため、密封型のヘッドフォンを購入しに行ってきた。

ウォークマンを持って、並んでいるヘッドフォンで音を聴き比べると、本当にものによって聞こえ方が全く違うことが分かって面白い。

聴く音楽のジャンルにもよるとは思うが、高額だからと言って必ずしも自分が聴きたい音楽に対して良い音で聴けるとは限らないので、価格ではなくあくまで音質や各楽器の位置などが立体的に聞えるかといった点で判断して想定していた予算内で、気に入ったものを購入できた。

で、新しいおもちゃを買ったら当然使いたくなるので、帰宅したら早速CDの聴き比べ。

と言っても、同じCDを違うヘッドフォンで聴き比べるのではなく、同じ曲の違う演奏を聴き比べてみた。

私が好きな作曲家であるブルックナーの、私が好きな曲、交響曲第6番、略称「ブル6」を4種類聴き比べ。

左上:クレンペラー指揮、ニューフィルハーモニア管弦楽団

右上:チェリビダッケ指揮、ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団

左下:ヨッフム指揮、ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団(1980年11月2日ライヴ)

右下:ネルソンス指揮、ライプツィヒゲヴァントハウス管弦楽団

クレンペラーは、武骨だけど線の太い堂々たる演奏で、この曲を知るには良い一枚といった印象。

1964年の録音だが、当時のEMI、ブルックナーの6番は、あまり人気がないことからクレンペラーが録りたいと言っても、レコーディングをさせなかったらしい。

そんな不人気曲だったブル6に日の目をあてた録音となったクレンペラー盤だが、まぁ、それでもやはりブル6は4番、5番、7番、8番といった人気曲の合間にあって、今でもなかなか演奏されないのが残念なところ。

チェリビダッケは、ブルックナーのスペシャリストのように思っていたが、こと6番については聴いていて全く面白くない、というか、全くチェリビダッケらしさがなくて、彼は北ドイツ、ミュンヘン、ベルリンといった多くのオケで数多くブルックナーを演奏していて、録音も数多く出ているが、6番については少なくとも海賊版などを除けばこれが唯一のCDで、もしかすると彼自身あまり6番を好んでいなかったのかも。

ネルソンスは、しっかり綺麗に演奏していて、この中では最も録音も新しいため、音質も良い優等生なのだが、あまり引き込まれない演奏。

ヨッフムのコンセルトヘボウとのライヴ盤は、私の中で最も好きな1枚。

そして、私がブル6を好きになったのは、このCDに出会ったからだった。

この演奏を聴くと、どうしてこの曲が不人気なのか?と思ってしまう。

一方で、もしチェリビダッケのブルックナーは評判が良いからと、チェリビダッケを最初に聴いたら、もしかするとブル6を好きにならなかったかもしれない。

そこで思ったのが、ヴェルディに初めてお越しのお客様に好みをきいて、このコーヒーはいかがですか?と提案しても、「私、その豆あまり好きじゃないから」と、別のものをチョイスされることが少なからずある。

初めてのお客様なので、ヴェルディのその銘柄をお召し上がりになったことはないのだが、どこか別のお店でその銘柄を飲んで、好みではないと思い込んでしまったのだろう。

そうしてみると、そのお客様が初めて飲む銘柄のコーヒーを提供する場合、その方が、その豆を好きになれるか否かは、その一杯にかかっているのだから、お店の責任はなかなか大きいと言うことになる。

ヴェルディは、自店で提供する全ての豆において、私にとってのヨッフム / コンセルトヘボウのような、「その曲が好きになる=その豆が好きになる」ものを作らねばと思うのであった。

有難い

2026年7月6日 

今日は、朝から焙煎機メーカーの方が来てくださって、下鴨店の10kg釜を見て頂いた。

岡山からの出張となるため、日程調整に時間がかかったら困るなぁと思ったが、幸い今日は金沢の方へ出張予定だったので、その途中に立ち寄れるとのことだった。

が、もともとの予定がある中での立ち寄りなので、全体をバラして大規模修繕となったら、出直して・・・と言うこともあり得るので、なるべく簡単な部品交換で終わるような部位の故障であってほしい、と願いつつ見てもらったら・・・

焙煎機には、前方と後方にベアリングが付いているが、後方のベアリングの玉が破損していたらしい。

矢印の部分の空間に、本当は玉が入っていたはずなのに割れてしまったため、正常にモーターが回らなくなり、焙煎機が止まってしまった。

このベアリングを交換して、無事焙煎機が動くようになったので、明日からは下鴨で焙煎ができる♪

それにしても、なぜかこういった機械関係は土日に壊れることが多い。

今までも、日曜日の朝に出勤してみたら氷ができていなくて製氷機が動いていなかったり、一番困ったのは、お正月に湯沸かし器が壊れて、寒い中洗い物をするときにお湯が出ないという苦行を強いられたり。

今回の焙煎機も、やはり土曜日に動かなくなり、ピーク日に私が半日北白川へ行かねばならないことになった。

でも、焙煎機メーカーの方に、昨日の閉店後に土日の状況をメールしたら、夜遅くに電話をかけてきてくださって、具体的な音や動かない部位を確認して下さった。

焙煎機に限らず、厨房機器の施工をお願いしているところの社長も、何かトラブルがあったら、休みの日など関係なく、細やかに対応して下さる。

今回も、焙煎機メーカーの方は、京都に立ち寄らなくて良ければ、もっとゆっくりと移動ができたであろうに、急遽予定を変更して立ち寄って下さったおかげでなんとかなった。

しかも、昨夜電話をかけて下さったと言うことは、私から状況を聞いて、考えられる故障個所を特定した上で、恐らく今日の朝早くに会社に立ち寄って、必要な部品を調達してから出てくださったのであろう。

こういった方々に支えられて、ヴェルディは20年以上営業を続けられているのだと、改めて有難いことだと実感した焙煎機の故障だった。

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