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カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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パプアニューギニア旅行記

パプアニューギニア旅行記 やっと最終回

2017年6月4日 

朝から日差しは強く、夏を思わせる空ではあるが、日陰は意外と涼しくけっこう過ごしやすい。

 

そう言えば、パプアニューギニアも、ポートモレスビーは蒸し暑かったけど、高地にある農園は最高気温が25度前後で、日差しはあっても過ごしやすく心地よい気温だったなぁ、と、少し懐かしくなったりして・・・

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さて、とびとびではあったが連載していたパプアニューギニアの旅行記も今日が最終回。

やっと終わると思う方もいらっしゃるかもしれないが、けっこう多くの人から「楽しく読んでます」と言って頂き、調子に乗って書き続けていた。

まぁ、ここまで書いてきたこと以外にも、面白いことやすごいこともあったが、全部書いていたら大変なことになるので、そのあたり聞きたい方は Verdi のカウンターで。

さて、マウントハーゲンでは、農園視察を中心に回ったのだが、午前中に行った修道院の農園と、カランガファクトリーは、ある意味しっかりと軌道に乗り、完成している農園であったのに対して、午後はこれから伸びていくであろう農園を回ることに。

 

丘の上に、建物が見えてきて、しばらくすると珈琲の木の苗を育てているエリアを通過。

農園に着いたら、民族衣装で歓迎してくれた。

先日行った部族とは、頭の飾りもメイクも衣装も違う。恐らく部族によって、微妙に違うのであろう。

 

この頭の飾りは、ニューギニアの国鳥である極楽鳥をイメージしているのだそうである。

続いて、この集落の精製加工場を見せてもらう。

 

大規模農園の工場というよりも、手作りで皆が持ち寄って精製するステーションという感じ。

だが、一つ一つの処理工程は、きちんと考えて作られており、良い珈琲を作りたいと言う気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

この規模からみると、今後生産量をもっと増やそうという気がいが見て取れる。

 

パーチメントの乾燥場

 

私たちを前に、この集落の責任者が語り始め、この部族の人たちがみんな集まってきた。

曰く、この集落では、良い仕事をすることによって、より高価で高品質なものを生産して行きたいと思っているが、現在日本との取引は非常に少なく、買い付け面でのライバルがいない欧米からは、安い値段で買いたたかれている。

日本の方々には、私たちにもっと「こういう珈琲をつくってほしい」という要望を言ってもらいたい。

私たちは、それにこたえることによって、日本の皆さんに、もっと美味しいPNGの珈琲を飲んでもらい、私たちも相応の対価を得て、より良い農園になって行きたい。

と、力説する集落の代表を筆頭に、集まった皆が期待を持った目で私たちを見つめてくる。

 

独立してまだ間のないPNG、しかし、ここの人たちの真剣な姿を見ていると、これからの伸びしろは無限にあるような気がする。

社交辞令ではなく、真剣に向き合えば、より美味しい珈琲がパプアから入ってくるのではないかと思うと同時に、そうするためにも、ちゃんと私たちの要望を伝えなくてはならないと思うのであった。

 

この子供たちが大人になるころ、パプアの豆もグァテマラやコロンビア並みにメジャーな豆になっているといいなぁ、と思うのであった。

農園を後にして

長閑な高原地帯を通り抜け

山間の農園が見えてきたら

だんだん道なき道になってきた。

無事、山村の農園に到着

 

ここのチェリーを剥ぐ機械は、まだ手回し式。せっかくだったのでちょっと回してみたが、これを延々続けるのは、なかなかの重労働である。

誇らしげに豆を見せる村の人

 

見るからに、まだまだ小さな農園ではあるが、今育てている苗をもっともっと山の斜面に植えて、生産量を増やしていきたいとのこと。

こういうマイクロロットの農園が、本当に力をつけて来てくれることに期待。

 

山間部のこの村では、日が落ち始めたらあっと言う間に真っ暗になってしまう。

整備されていない、崖もある山道を暗くなってから走るのは危険なので、まだ明るさがあるうちに農園を後にした。

途中、ものすごく雄大な光景が目に飛び込み、思わず写真を撮ったが、この風景は絶対写真では伝えきれないなぁ、と思い、しばし目に焼き付けて再び車に乗った。

そんなこんなで、最終日の農園視察も無事終わり、翌朝はマウントハーゲンの空港から、空路ポートモレスビーへ。

最近建てなおしたそうで、マウントハーゲンは非常に綺麗な空港だった。

チェックインカウンターの横には、原住民メイクの絵が並ぶ。

 

手荷物検査を終えて、搭乗口の横の待合室にある売店を見てみたら、弓矢や手斧といった凶器が平然と売られていた。

一緒に行った珈琲店主が、お土産に弓矢を購入していたが、見てみたら、矢の先はちゃんととんがっていて、十分狩りができそうな代物、それを手に持って飛行機に乗れちゃうすごさ。

 

そんなわけで、さらばマウントハーゲン!

ポートモレスビーで国際線に乗り換えて、一週間ぶりの文明社会へ。到着が夜遅めだったこともあり、この日の夜は成田のホテルで一泊。

普段ホテルに泊まったときは、シャワーで済ませる私ではあるが、この日は浴槽にお湯をはって、ゆっくりバスタブにつかってみた。

レストランで出された水を躊躇なく飲める幸せ、蛇口をひねったらちゃんと水やお湯が出てくる幸せ、日に何度も停電しない幸せ、ベッドに横になったときカサカサっと何かが這い回る音を聞かずにすむ幸せ、テレビがちゃんとつく幸せ、実は世の中って、幸せで満ち溢れているということを実感した成田の夜であった。

最後におまけ。

ポートモレスビー空港のトイレ、便座がない!

これは、男子トイレだけだろうと思って、同行した女性の方に「便座、ありました?」ときいたら「なかったですよ~」と。

やはりすごい国だ。

と、思いつつ「なかったですよ~」と平然とこたえた彼女は、ある意味もうパプアの価値観にどっぷりつかっているんだなぁ、と、感心すると同時に、どうやって便座のないトイレを使ったのだろう?と、一瞬考えそうになって、それはやめておこうと心にフタをするのであった。

おしまい。

パプアニューギニア旅行記 農園視察その2

2017年6月1日 

PNGの旅行記はこれが7回目だが、ここまで農園視察について書いたのは、まだ1回だけだった。

「何しに行った?」と言われそうなので、今回と次回は農園視察をまとめてレポート。

朝、ホテルを出たら、ちょうど通勤通学の時間帯だったようで、雨上がりの道を学校へ向かう子供たちを多く見かけた。

走ることしばらく、珈琲の木が見え始め、CICのテスト農園兼精製所へ到着。

まずは精製所から

 

ここでは、相当な量の精製ができるはずだが、水をくみ上げるポンプが故障したそうで、現在稼働できておらず、もう間もなく部品が届いて修理をしたら再稼働するらしい。

せっかくだったら稼働しているところを見たかった。残念。

 

子供から大人まで、収穫期には豆を摘む。子供は裸足だが大丈夫なのかと少し心配になったり。

しかし、PNGの人たちは、大人でも裸足の人が多く、そこそこ収入があるはずのCICスタッフでも裸足の人がいるほど。

まぁ、そんな文化なのかもしれない。

 

整然と植えられた珈琲の木

花も咲いていた。

CICの農園を後に、バスで出発してしばらく走ると、豚が放し飼いになっていたり、鶏が放し売り?になっていたり。

 

しばらく走って、修道院が運営している学校・農園へ訪問した。

 

PNGは基本的にキリスト教が多く、ここはカトリック系の伝道師がキリスト教とともに学問と珈琲栽培を持ってきた施設だとか。

この地に修道院を建てた伝道師が眠る墓

学生たちは、見知らぬ日本人に興味津々の様子で、私たちが農園の方へ行ったら、後からついてくる学生も。

ここの学生たちは、比較的所得のある世帯の子供たちの様子。

 

道の右には珈琲、左にはバナナが植えられている。「たわわに」とまでは言えないが、そこそこ実がついている木が多く、しかし全体に少しやせている感じ。

タンザニアのフレンチミッション、ルワンダのジャーマンミッションなど、昔から宗教と農業を一緒に持ち込んで、地域の人たちを心の面でも経済面でも、キリスト教の宣教師たちが導いて行った歴史がある。

ここパプアでも、最も古い農園は修道院から始まったと言われる。

1,000年以上前、最初に珈琲の貿易を始めたのはイスラム教徒たちだったが、近代社会においては、珈琲を産業として普及させ、途上国の経済に寄与して行ったのはキリスト教という図式がある。

珈琲に軸足を置いて歴史を見て行くと、また一味違った世界史が眼前に広がる。

 

修道院を後にしたら、カランガ コーヒー ファクトリーという、このあたりでは大きい農園へ。

農道にバスは入れないので、四駆に分乗して栽培地へ向かう。

 

幹の太い古木が多く、それでも非常に実の付き具合も良い、なかなか管理の行き届いた農園。

この地域では、ティピカとアルーシャをメインに、ムンドノーボなども作られているらしいが、こちらはティピカの古木がまだまだ現役で勢いよく実をつけていた。

 

農園の中の集落には、子供たちも多く見受けられ、皆見知らぬ日本人に興味はあるものの、恥ずかしくてなかなか近寄ってこない。

 

そんな子供たち向けの学校が昨年建てられたそうで、中に入ってみた。

肝心な子供がいないので、本当に授業をしているのか?ときいてみたら、学校は午前中だけで午後は授業はないらしい。

先に行った、修道院の学校とはずいぶん違う感じではあったが、それでも、農村の子供たちにも、読み書きができる者が増えていることは素晴らしい。

「より、教育を充実するためにも、みなさんよろしく」と言われながら農園を後にした。

農園の中の集落。

農園を出ると、パイナップル畑が広がっていた。

きみたちが農園を見て回っている間に、オレはバスを洗車して、ピッカピカにしてきたぜぃ!とノリのいい運転手さんは、自慢げにバスと一緒に記念撮影を要求するのであった。

つづく

パプアニューギニア旅行記 ジワカにて

2017年5月29日 

今日も朝から暑くなりそうな予感の鴨川沿い

このところ、アイスコーヒーのご注文が一気に増えてきたため、テイクアウト用のアイスドリンクのフタが切れてしまって、今日納品があるまでフタなしでお渡ししなくてはならなくなってしまった。

こういう季節の変わり目は、今まで動かなかった商品が、突然多く出るようになったりで、ついうっかり発注を逃してしまうこともしばしば。

気温が3℃違うと、ホットとアイスのご注文が逆転してしまうから、この時期は注意せねば。

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 さて、パプアニューギニアの旅行も最終地点のマウントハーゲンエリアへ。

まずは、ジワカにあるCICの工場へ。

山賊に出くわしたり、土砂崩れで通行止めがあったり、いろいろとハプニングはあったが、なんとか無事到着できた。

 

まずは、CIC現地スタッフの方々と御挨拶、そして、ここジワカでの活動内容などを説明して頂く。

 

工場へ移動、まずはコマーシャルコーヒー(普及価格帯の豆)の加工設備を見る。

マウントハーゲンは、ハイランド地方の中でも大きな産地なので、CICの工場には大量の豆が集められ、分類されて袋詰めされていく。

 

プレミアム~スペシャルティグレードの豆を袋に詰めていく作業、1袋ずつ手作業で入れられていく。

 

手際よく、次々と麻袋が並べられていく

 

コマーシャルコーヒーのエリアとは全く違う、綺麗に整った豆。

横を見ると、麻袋のプリント絵を入れているおじさんが

 

このおじさんが、一袋ずつ型を使って筆で絵や文字を入れているとのことであった。

Verdi では、パプアニューギニアの豆だけで3種類のものを使っているのだが、まさにこの袋は下鴨の倉庫にあるものと同じ柄。

このおじさんが描いていたんだ!ということで、記念撮影。

パプアの袋を見たら、このおじさんを思い出しそうである。

工場の見学が終わったら、もう夕方になってきたので、CICの農場を見学しに再び車に乗った。

街を抜けて農場へ

なんとかCICの農場にたどり着いたが、もう間もなく日が暮れるので、見学は明日。ということになって、当夜と翌日泊まるホテルへ向かうことになった。

ホテルに着いて、さぁ、チェックイン!と思ったが、何やらトラブルが発生。

ちゃんと予約も入れて、お金も払ってあったそうなのだが、なぜかコンピューターのトラブルで、予約が全て流れてしまっていたそうで、とりあえず一から宿泊の手続きをし直すと言われ、しばらくバーで待つことに。

結局2時間近く待たされて、やっとチェックインとなったのだが、どうやら通常の部屋が足りなかったようで、私はスイートに案内されることに。

 

キッチンまでついているリビング

ベッドルーム

電灯は、合計6灯ある中、2灯しかつかなかった。

けっこう広いバス&トイレ

ラッキー♪ と、思ったのもつかの間、シャワーをあびようとバスルームに入ったが、お湯はちょろちょろしか出ない上、温度は上がったり下がったり・・・

しかも、一人でスイートって、やはり何となく寂しいし、ちょっと居心地が悪い。

でもまぁ、ここへ来る前に停まったホテルは、部屋に入った瞬間、クロいヤツがカサカサっと逃げて行ったし、雨が降った翌朝に顔を洗おうと蛇口をひねったら、茶色い水が出てくるし、トイレは一回使ったら、その後半日かからないと水がたまらないし・・・といった感じだったので、随分快適になったのかも。

そして、リビングとベッドルームには、各1台「亀山モデル」と書かれた液晶テレビがあったので、テレビでも見ようと思ったら、リモコンがない・・・

フロントへ行って「テレビのリモコンがない」と言ったら「多分、前の客が持って行ってしまったのだろう、悪い奴だ」と言われる。

いや、「前の客はどうか知らないが、リモコンがないからテレビがつかない」と言ったら、どこからかリモコンを持ってきたので、使おうと思ってそのリモコンを見たら「SAMSUNG」と書かれている。

ダメ元でスイッチを入れてみたが、やはり駄目だったので、もうあきらめて夜は読書をして過ごすことにした。

とは言え、これまでの道中、現地の人々が住んでいる家を遠目にではあるが見てきた中で、こうして柔らかいベッドに寝られる、点かない電球があるとはいえ、読書をできるレベルの明かりがある、水道が通っている、水洗式のトイレで用をたせる、これらはどれ一つをとっても、すごいことだと思わざるを得ない。

日本人にとっての常識は、飛行機で5時間ほど離れた島では、ほとんどSF映画の中の世界なのだろう、と実感したひと時であった。

関係ないけど、ゴロカの三姉妹+犬

この子たちの笑顔を見ていたら、文明社会にどっぷりとつかっていることが幸せなのか、文明の利器などなくても、幸せは望めばどこでも手に入るものなのか、でも、文明社会の幸せって、前提条件が多すぎるし、一歩文明のない社会に出たらハードル高すぎだなぁ・・・と。

そう考えたら、恐らく後者だろうと思うのであった。

パプアニューギニア旅行記 ジワカへの珍道中

2017年5月26日 

始めにお知らせです。

明日、5月27日(土)より、Verdi 京都造形芸大店のメニューがリニューアルいたします。

満を持して、ハンバーグランチも登場!よろしければ、お試しくださいませ。

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さて、ここからはパプアニューギニア旅行記。

この視察ツアー中、CICは警備要員として警察官を私たちの警護につけてくれた。

日本からの大切な客に、万一のことがあってはならないという配慮からであろうが」、よく言えばVIP待遇、悪く言えばそれだけ治安が良くないということなのだろう。

ダイハード2に出てきた元グリーンベレーの特殊工作隊の隊長のような屈強そうなポリス。(私たちはカバ隊長と呼んでいたが)

これまで一緒だったCICのトップ、マイク ケニーは、夜のうちにジワカへ移動して、私たちが到着したとき、滞りなく回れるよう手配してくれるということだったので、翌日はポリスに先導されての移動ということになった。

前日ポリスは「明日、ジワカ~マウントハーゲンへ長距離移動になるが、各所の警察にも滞りなく日本からの視察団が通行できるよう通達しておいたし、私も万全の態勢で警護にあたるので、安心していてくれ」みたいなことを言っていたのだが・・・

ホテルを出て、そのポリスと合流すべく、街の中で待つことしばし・・・

バスから離れなければ、ちょっと外に出てよいということだったので、バスから降りてみたら、すぐに人に囲まれた。

何やら白い粉を売ろうとしている、ヤバッ!?

でも、粉だけではなくて・・・

「このバターナッツと白い粉(石灰)を一緒に口に入れて噛んでいると、口の中が真っ赤になるんだ!」と。

別に私たちは、口の中を真っ赤にしたくないし・・・

と、断っていたら

あんたはどうだい?

と、

もちろん断った。

そんなやりとりをしていたら、バスの運転手が「出発するから早く乗れ」と言い出した。

まだ、ポリスと合流していないのに・・・と、思っていたら、バスの運転手が

「ジワカはオレの故郷だから、もうオレの庭みたいなものさ。ポリスなんていなくても、オレが安全にみんなを連れて行ってやるぜ!ヒャッホ~!」と、マイクもポリスもいないので、自分がトップに立てると喜んでいる。

私たちは、もう従うしかなく、バスに乗って異様にノリの良い運転手のハンドルさばきに身を任せることになった。

ノリのいい運転手さん

さらばゴロカ

こっちの人は、外人を見るとなぜか手を振る

ここでも手を振る

こっちでも手を振る

街を離れ、山間部の道を走っていると・・・

突如「窓をしめろ!」と言われ

さらには「鍵をかけて」とも。

見ると、前方の道が丸太でふさがれている。

「昨日の雨で、大木が倒れた。俺たちがどかしてやるから、手間賃をはらってくれねーか」と。

つまり、昔なら「追剥」と言われていた人たちが、今は車を相手にお金をせしめようという、まぁ、このあたりの集落の人たちにとっては、これがビジネスなのだろう。

ってことで、山賊の方々

車中からは「肝心なときにポリスいねーじゃん」という声も漏れ聞こえたが、とりあえずお金を払って丸太をどけてもらって無事通行ができた。

私たちが通り過ぎた途端、また丸太を元にもどす山賊のみなさん。

なかなか日本ではお目にかかれない光景であった。

気を取り直して、山道を進んでいると、パプアでは珍しく、いきなり大渋滞が起こっていた。

 

昨夜の雨で、土砂崩れがおきて、道が土砂でふさがっているらしい。

と、そこへポリスが追いついてきて「様子を見てくる」と、前方へ行ったが、しばらくして戻ってきて「バスでは通れない」と一言。

バスやコンテナ車の車幅では通れないようだが、定員約20名以上と、ここパプアでは日本での定員の10倍以上の搭乗者数を誇るトラックは、余裕で向こう側から通過してきているので、小型車であれば通れる様子。

なので、とりあえず近くの街まで行って、小型の車を借りて通行しようということになったのだが、さっき通った近くの街からここまで1時間以上かかったので、車を乗り換えて通れるとしても2時間以上後か・・・

と、思っていたら、意外にも車が動き始めた。

 

なんとか復旧したらしい。やればできるじゃん!

無事、土砂崩れ現場を通り過ぎたら、フェンスで囲まれた珈琲精製所兼コーヒーショップがあったので、トイレタイムを兼ねてコーヒーブレイク。

 

珈琲を飲んだら、再び移動開始。

山道を走りながら、そう言えば、PNGに来てから信号を見ていないなぁ・・・と、思っていたら

信号、あった!

山の尾根を走り続けていたら

珈琲の木が見え始めて

しばらくしたら街に到着

無事、ジワカのCIC の精製所にたどり着けたのでした。

予定より、随分と遅れたが、まぁ、遅れてもちゃんと到着できたということに意義がある。

そんな気分になる長距離移動であった。

つづく

PNG 旅行記・農園視察その1

2017年5月22日 

今日は開店前に躊躇なくエアコンを冷房にしたのだが、店の窓際は暑いのに奥の方へ行くと微妙に寒かったり。

でも、もう気分は夏ですねぇ・・・

 

と、思っていたら、鴨川沿いは微妙に梅雨の準備段階だったりして・・・

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さて、日本はしっかりと四季があるのに対して、パプアニューギニア(以後PNG)は、赤道直下に近いので常夏の島!と言いたいところだが、珈琲農園があるのは標高1500メートル以上の高地なので、一年中春か秋のような気持ち良い気温。

最高気温が24~25℃程度で、最低気温は10℃前後。

この気候だけ持ち帰りたいと切に思うのであった。

よもやま話はよいとして、朝から車に揺られてハイランド地方に到着したら、翌日は朝から四駆に分乗して農園へ。

日本の道路ならこれでも大丈夫だが・・・

途中、かなり険しい山道もあり

そのうちコーヒーノキが見えてきたら

農園の入り口に到着!

すると、むこうから武装した怪しげな原住民

こういう民族衣装を着て?踊るのって観光客用のアトラクションかと思っていたが、どうやら部族ごとに飾りやペイントも微妙に違って、今ではシンシンダンスを踊るのは最上級の歓迎の意を表するものらしい。

収穫して脱穀した豆を乾燥中

保管庫に案内されて豆を見る。

オーストラリア統治時代の発電設備はあるが、もうほとんど使えないとのことで、この集落はかなり原始的な生活をしている様子。

こちらもオーストラリア統治時代の水洗加工場だが、電気式の脱穀機が使えないため、このボリュームの水洗処理をするには至らず、現在は使われていないとか。

手回しの脱穀機

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そんなこの集落に、日本のMGコーポレーションという企業が、PNGのコーヒー協会とのプロジェクトで、ソーラー発電機と電気式の脱穀機を設置!

現在、MGコーポレーションはCICが取り扱うPNGの珈琲豆を日本に輸出しているため、今回のツアーで選出した豆は、MGを通して私たちの元へ入ってくる。

そんなわけで、今回のツアーはCICとMGコーポレーションが企画したものなので、こちらの農園の方々は最上級の歓迎をしてくれたわけである。

この農園で食べたバナナ!

今まで食べたバナナの中で最高の美味しさだった。

農園を後に、再び山道を戻る

集落が遥か遠くに離れ

街に到着

CIC の本部でハイランド地方の豆をカッピング

車に乗っていると、「オラが作った駒いらんかえ~」とおじさんが手製の駒を売りに来るのであった。

つづく

パプアニューギニア旅行記 アユラへ

2017年5月20日 

パプアニューギニア3日目は、ラエからの移動日。

日本のように鉄道網が発達していないので、ひたすら山道を車で走ることになる。

行先のアユラは、ニューギニアに初めて珈琲が伝わり栽培を開始した土地で、パプアでは最も珈琲栽培の歴史がある地域となる。

パプアで2番目に大きな都市から山村へ

パプアの人は、カメラを見るとポーズをとる

走るうちに、商店もこんな感じになってきて・・・

だんだん風景もかわってきて

時折集落が現れるが・・・

そのうちこんな風景になる。

山間部を流れる川

半日走ると、もう山の上

大雨で土砂崩れがあった場所

落ちたら終わりですねぇ・・・

 

そのうち再び集落が散見され

 

実のなっている珈琲の木も見られる

 

アユラの都市部に到着!

そこから、CICのテスト農園へ向かう途中・・・

バスに火をつけている人が!

そうこうしている間にCICのテスト農園に到着

摘んだコーヒーチェリーを入れる水槽

水洗式の精製機械

パーチメントを乾かす棚

可動式で、普段は屋根の下に入れ、日陰になっている。

アフリカンベッドも

思ったよりウエットだった

 

精製処理場を見た後はカッピング、今回カッピングした中から、いくつかの農園を翌日以降に訪問できるということで、名称などをしっかりとチェック。

良いものも、ちょっと疑問のあるものもあったが、どれもバランスは良かった。

CICのテスト農園を後に、しばらく走ったら・・・

先ほどのバスは、完全に燃えていた。

後で聞けば、このバスに乗っていた人が、事故で3名ほど亡くなったので、不吉なものということで厄払いのために火をつけたとか・・・

なかなかダイナミックな国だと思った。

 

再び走ること数時間、あたりはすっかり暗くなり、電気が潤沢に使えるわけではないので、途中の集落は真っ暗だったり、火を焚いてその周りに人が集まっていたり。

途中の露店では、少し明かりがついているところもあったが、一般家庭にはせいぜい短い蛍光灯が一灯のみという感じで、日が沈んでパプアの人たちの本当の生活を少し顧みられた気がする。

そんなわけで、3日目はほぼ一日中車に揺られていた。

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