自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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ごあいさつ

24年

2026年8月12日 

2003年8月12日、カフェ・ヴェルディは下鴨の地で開店しました。

24年前の今日のこと。

つまり、今日はヴェルディ開店24周年記念日!

まだ自家焙煎珈琲というジャンルが浸透していなかった時代、そして、京都では深煎りのコーヒーが一般的で、どちらかと言うと後味がスッキリしたコーヒーは少数派だった時代、開業当初は年配のお客様を中心に、非常に辛辣な言葉を頂くことも多かったと記憶しています。

時を経て、今では周りを見ると自家焙煎店だらけで、しかも深煎りよりも極浅煎りの酸っぱいコーヒーが若い人の間でもてはやされる時代。

そんな時代の変化の中で、ヴェルディは開業以来24年間、浅煎りから深煎りまで幅広いコーヒーを扱っているものの、どのコーヒーも芯まで火を通して、嫌な酸っぱさや、重い苦みはなく、後味のすっきりとした、1日10杯飲めるコーヒーを目指して営業を続けてまいりました。

24年、今日ご来店下さった多くのお客様が、長く続けて素晴らしい、といったことをおっしゃってくださいましたが、人間で言うと24歳は、やっと大学を卒業して、社会人になって2年、そろそろ一本立ちできるか、といったところだと思います。

ヴェルディも、24年間続けた、と驕るのではなく、なんとか今日まで続けられたということは、やっとスタートラインに立つ資格がもらえた程度のレベルだということを認識して、これからも日々努力してまいりたいと思います。

そして、24年間続けてこられたのも、お客様をはじめ、業者の方々、応援して下さっている皆さま、私たちの家族、そしてこれまで働いてくれたスタッフたちあってのこと、本当に有難うございました。

そして、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

夜、仕事を終えてコンビニに寄ったら、隣に止まっていたのが四葉!

良い25年目になればいいなぁ・・・

新年明けましておめでとうございます。

2026年1月1日 

皆さま、新年明けましておめでとうございます。

2026年最初の営業、例年元日は比較的穏やかに立ち上がって、お昼過ぎから混みあうというのが通例だったのに、今年は開店30分以上前から何名か店頭で並んでお待ちになるお客様がいらっしゃって、開店の時間には20名以上がお並びになるというかつてない雰囲気のなか今年最初の営業がスタートしました。

開店と同時に、満席になって並んでお待ちくださったにも関わらず、ご入店頂けないお客様もいらっしゃり、終わってみれば今日一日で25組ほどのウエイティングという、有難いものの、寒い中お待ちくださったお客様には申し訳ないスタートでした。

今年もお正月から多くのお客様にご来店頂き、気持ちも新たに、より良いコーヒーを提供していきたいと思います。

今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

いつもは開店前に店頭で写真を撮るところ、今年は大勢の方が並んでくださっていたので撮影できず・・・

閉店後に皆で一枚。

今日は、このメンバーで頑張りました。

明日は10時開店、ご来店お待ちしております。

よいお年をお迎えください。

2025年12月31日 

今日は大晦日。

年末年始、休みなく営業するのはヴェルディ開業以来の恒例となっているが、特に今年は全く年末年始と言う気分が感じられないままこの日に至ってしまった。

ただ、おかげさまで京都髙島屋S.C.店は、開業以来最高の月間成績を記録。

髙島屋店の店長以下、スタッフ皆がしっかりと良いコーヒーを提供しようと頑張ってくれたものと思う。

今年は、コーヒー生豆の価格高騰から始まり、最低賃金の過去最大上昇、コーヒー豆の限らず、あらゆるものが値上がりする中、非常に難しい営業を強いられた一年だった。

そんな中でも、多くのお客様がご来店や通信販売でご利用下さり、スタッフ皆も頑張ってくれて無事一年を終えられたことに感謝。

大晦日の営業を終え、17時間後には新年の営業が開始するのだが、とりあえずは今年最後の食事を東京から帰省してきた娘と一緒に、先日失敗したネパール人がやっているインドネバール店へ。

先日は、インド風のマトンマサラとナンを注文して大失敗だったので、今夜はいつも通りネパールの庶民食、ダルバートの定食を注文。

そもそもダルバートって「美味しい!」というものではなく、あくまでネパール人の庶民的食べ物。

そのダルバートに、炒め物と漬物、そしてサモサがセットになっていて炭水化物はバスマティライスなので、なかなか豪華な定食。

正直ネパール人の彼らにとっては他国の料理であるインド風カレーや、恐らく日本に来るまで彼らは食べたこともなかったであろうナンを注文するより、ネパール人が自国で毎日のように食べているダルバートを注文した方が、インド風カレーやナンを食べるより数百倍満足度が高い。

と言うことで、今年はインネパ屋の利用方法についても勉強になった一年だった。

この日記を書いている時点で、残すところ2時間ちょっと。

今年最後のCDはコレで。

ショスタコーヴィッチ オラトリオ 森の歌

ムラヴィンスキー指揮 ソビエト国立交響楽団

V.キリチェフスキー(Tn) I.ペトロフ(Bs)

国立合唱学校児童合唱団 / 国立アカデミー・ロシア合唱団

ショスタコの森の歌は、京都市交響楽団のニューイヤーコンサートで当時毎年取り上げられていた演目で、小学生のころ入っていた京都市少年合唱団の一員として歌わせてもらった思い出の曲。

この曲、ともかく歌っていても聴いていても、なかなか感動できる曲で、正直言うとソヴィエトのプロパガンダ曲ではあるが、それを超越して音楽的に本当に素晴らしいと思う。

今では、あまり取り上げられることがなくなったものの、昭和のころには多くの合唱団が取り上げて歌われていた。

その際は、ロシア語ではなく日本語に訳したものが使われていたが、当時の対訳として一番主流だったものは、櫻井武雄先生が訳したものだった。

その櫻井武雄先生対訳の森の歌を京都会館のステージで歌ってから10年後、櫻井武雄先生の息子でありバリトン歌手であると同時に、松本幸四郎や加藤登紀子のヴォイストレーナーも務められた櫻井直樹先生に歌を教えて頂くとは、ある意味運命的なものを感じるのであった。

ムラヴィンスキーの森の歌は、必要以上に感動的な演奏をするのではなく、むしろ淡々と進行していく。

プロパガンダではなく、純粋に音楽としてスコアを解釈しているのではないかと思われるが、気持ち的には特に終曲である「栄光」などは、もっとMaestoso に演奏してほしいなぁ・・・

と、思ったり。

ただ、必要以上に感情移入していないだけに、純粋に音楽としての荘厳さを聴ける上、じっくりと聴くと合唱のグルーヴ感が半端ない。

ソリストの二人も、他の盤を凌ぐ歌唱で、もっと良い録音で残っていれば、という思いが強い一枚。

年の瀬、第九もいいけど、森の歌は第九と同等かそれ以上に感動に浸れるように思う。

さぁ、来年も頑張ろう!明日も下鴨店は11時から皆様のお越しをお待ちしております。

近付いてきてしまった・・・

2025年10月15日 

Happy birthday to me ということで、もう58になってしまった。

私の父が亡くなったのは、ちちが59歳のときだった。

そう思うと、もしあと1年しか命がないとしたら、同残りの人生を過ごそうか、なんてことも考えたりして・・・

まぁ、人間いつ死ぬか分からないので、何とも言えないが、所謂還暦まであと2年。

同級生だった友人の中には、役職定年になったので、もうリタイアして悠々自適の生活を送っている、なんて人もいたり。

10年くらい前までは、「この先何をしよう」と言う考えが大きかったが、最近「どんな終わり方をしよう」と考えることも多くなってきた。

そんなわけで、今日はかつ丼チェーンと、生命保険の営業所方から祝ってもらった。

アプリのプッシュ通知を押したら、こんなのが表示された。

さすがに今日は行かないけど、そのうちかつ丼食べに行きます。

そして、保険会社の営業の方は、花をもってお越しくださった。

もちろん、一緒にオススメの保険プランと、その仕様を書いたペーパーも。

60からでも入れて、老後の安心につながるらしいが、四半世紀前だと「お子様の学資に」みたいな営業が多かったのに、20年ほど経つと、こんなもんだよな。

と言うわけで、身体的に今と同じような働き方を続けるのも難しくなりそうだし、恐らく私が直接焙煎を教える相手は、現在下鴨店で頑張っている鈴木になるだろうと思いつつ、彼女がしっかり育って、ヴェルディを巣立っていくときが、もしかしたら私も現場から離れるタイミングかな?

と、思いつつ、そろそろいろんな面で終活をしなくてはならないと思う58歳の誕生日だった、

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