自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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音楽レビュー

いっぱい焙煎

2025年12月2日 

最初にお知らせです。

12月6日のコーヒー夜話の会は、定員に達しましたので、募集を締め切りました。

どうぞよろしくお願いいたします。

さて、今日は小春日和と言うか、この時期にしては暖かい一日だった。

気温が高かったこともあってか、お客様も多くご来店下さり、なかなか慌ただしく過ぎて行った。

そんな今日は、ドリップバッグ充填のためのコーヒー豆準備。

明日には、53キロほど発送しなくてはならないので、焙煎した豆をブレンドして、袋に入れて箱詰め。

これが、存外に時間のかかる作業で、結局閉店間際までかかってしまった。

ヴェルディブレンドのドリップバッグが、残り200袋くらいまで減ってしまったので、なんとかギリギリ間に合うかな?

無事梱包もできて、明日は発送、来週頭にはドリップバッグになって戻ってくる予定。

そんなわけで、今日は少し遅くなって帰宅した後は、久しぶりにチャイコン。

チャイコフルキー ヴァイオリン協奏曲

ハイフェッツ(Vn)  ライナー指揮 シカゴ交響楽団

1957年4月19日録音

チャイコンのCD、いろいろと持っている、グルミュオーだとか、オイストラフとか、パールマンとか、名だたるヴァイオリニストがいる中、久しぶりにハイフェッツを聴くと、やはりこの人の凄さというものが良く分かる。

「音質」だけで言うと、中学生のころからのファンであるムターなんかも好きなのだが、やはり総合的に聴いて、ハイフェッツは唯一無二だなぁ・・・と。

さらに、古い録音の場合、けっこうオケのミスが目立つこともあるが、このCDに聴くシカゴS.O.はストレートに言って「上手い」

やはり、なんだかんだ言ってハイフェッツは凄いなぁ、と思った。

楽しみ

2025年12月1日 

今日から12月。

つまり、昨日は11月30日。

11月最後の週末は、土曜日が普段よりも穏やかだったのに対し、昨日はなかなか慌ただしい一日だった。

そして、月末は何かと事務仕事も多いため、なんだかんだで日記も書けず。

一夜明けた今日は、朝から下鴨へ行って、髙島屋と北白川へ持って行く豆を準備してから、北白川で焙煎。

髙島屋へ豆を届けて、その足で山科方面へ。

ヴェルディ京都髙島屋S.C.店のオープニングスタッフとして働いてくれていたアルバイトの Iさんが、間もなくカフェを開業することになったので、業務用のミルや抽出器具などを手配して持って行った。

居抜きで借りたという店舗は、もう少し手を加える必要こそあるものの、かなり出来上がっていて、今月中にはプレオープンをして、来月に本格開店を目指しているとのこと。

京都髙島屋S.C.店では、すでにオープニングスタッフの一人が自分のカフェを開業して、頑張って営業しているので、早くも2人が開業することになる。

私も全力で応援しつつ、こうして元スタッフも頑張っているのだから、私ももっと頑張らねばと思うのであった。

またオープンしたら、きちんと報告いたします。

山科へ行きながら、車の中ではベイヌム指揮の幻想交響曲を聴いていたのだが、さすがに録音が古く音質は荒々しいものの、演奏そのものは非常に素晴らしく、久々に幻想交響曲を聴いて、この曲も面白いなぁ・・・と。

で、帰宅したら再び別の指揮者で聴いてみた。

ドビッシー 海

ベルリオーズ 幻想教協曲

ミンシュ指揮 パリ管弦楽団

1967年11月14日シャンゼリゼ劇場ライヴ

パリ管弦楽団オープニングコンサートのライヴ録音

ミンシュの幻想と言えば、同じ1967年にパリ管とセッション録音したものが有名だが、オーケストラの発足コンサートライヴという貴重な音源故、こちらの持つ緊張感もなかなか素晴らしく、時折響くミンシュの唸り声も録音されている。

ミンシュにとって、幻想は十八番だったこともあるが、聴き比べると全体の音楽の持って行き方などは、ベイヌムに軍配が上がるように感じた。

ただ、録音そのものがイマイチなところもあり、残響がほぼゼロに近いため、各楽器の細かなディテールは聞き取れるものの、もう少し良い音質ならなぁ・・・と思わずにいられない。

そんなことを思っていたら、お客様から「パリのこの劇場の音響そのものが、非常に響かないホールなので、それは録音だけの責任ではなくホールの残響という面もある」と教えて頂いた。

LP時代に私が持っていた幻想は、ストコフスキー指揮のものだったので、ある意味この曲って、新しい録音のものを聞いていないかも。

こんど機会があったら、もうちょっと新しい録音のものも聴いてみよう。

ちょっと安心

2025年11月19日 

先月末から今月前半にかけて、スタッフの体調不良などが続き、けっこうハードな日々だったのを乗り越え、心身ともに少し安堵したからか、一昨日の月曜日は、一気に疲れが出たようで、ちょっと体が思うように動かない。

普段なら下鴨店が定休日の月曜は、北白川で焙煎をした後は、夕方までデスクワークをするところ、焙煎を終えて、髙島屋へ配達したら、自宅へ帰って少しゆっくり。

やはり月に1日くらいは体を休める日がないと、ちょっと無理が効かない年になってきたらしい。

トシはとりたくないもの。かな?

で、昨日は午前中ゆっくりして、体力を回復させたら、お昼過ぎから久しぶりに大阪へ。

先月は私とカミさんの誕生日があったものの、休みをとれる日がなかったため、昨日二人の誕生日祝いをすることになった。

トシはとりたくない、けど、誕生日祝いはする・・・

なんか矛盾しているようだけど・・・・

そんなこんなで、向かった先は、娘がアルバイトをしているシュラスコ店。

彼女が幼かった頃、家族でそのシュラスコ店へ行った折、シュラスコがたいそう気に入った娘は「大学生になったら、ここでバイトする」と言っていたのだが、有言実行、本当にアルバイトをしている。

昨日は娘も仕事ではなく、お客様になって彼女のバイト先のお店でディナーを頂いた。

彼女が働いている店へ行ったら、だいたい彼女がどんなふうに評価されているのか分かるので、私的にはそのあたりが気になっていた。

が、アルバイトの人たちは入れ代わり立ち代わり挨拶に来るし、その日の責任者だった社員の方も、丁寧に挨拶に来てくださった。

飲食店を経営している者の目で見る限り、評価の低いアルバイトが家族と一緒に来店したときの接し方と、良い評価をされているアルバイトが家族で来た時の対応は、接するスタッフが出す空気感から分かるもの。

見ている限り、周りからとても慕われている様子で、職場ではしっかりと働いていることが分かりちょっと安心。

挨拶に来てくれた皆さんのお話を聞いていると、お店では、チャキチャキと元気よくしっかり働いているらしいのだが、家でもそうあってほしいなぁ・・・

と、思いながら、まぁ、そんなものだよな、と。

そんな休み明けの今日は、寝る前にこの一曲。

チャイコフスキー 交響曲第5番

ムラヴィンスキー指揮 レニングラードフィルハーモニー管弦楽団

1982年11月18日 ライヴレコーディング(場所不明)

ムラヴィンスキーのチャイコの5番と言えば1960年にウィーンで録音されたものが広く出回っている中、これはチャイコフスキーエディションという、チャイコの全曲が収録されている60枚組BOXのボーナスCDとして入っていたもの。

1960年盤以外で現在聴けるのは、1961年6月のヘルシンキライヴ、1975年6月と1977年10月の東京でのライヴ、そして、1978年6月のウィーンでのライヴ。

この82年のレコーディングは、マエストロが亡くなる5年と2か月前の録音なので、恐らくムラヴィンスキーが遺した最後のチャイ5ということになるのではないかと思う。

ただ、1982年のライヴ盤としては、もう1枚11月6日収録のものがある。

もしかすると、同一のものの日付間違いかと調べてみると、6日録音のものは、当日のライヴカップリングがプロコフィエフ。

一方、18日のもののカップリングは、眠れる森の美女のパ ド ドゥとイタリア奇想曲なので、別録音と思われる。

としたら、この録音は現状このBOX以外に出回っていない、かも?

さて、聴いてみての感想。多くの指揮者が、若いころと比べると晩年はテンポが遅くなる傾向にある中、1960年盤と比べ、1982年盤の方が若干ではあるがテンポが速く、全体に締まった演奏になっている。

しかし、そんな演奏スピードとは裏腹に、しっかりと歌うメリハリの効いた緩急自在のアンサンブルは、この曲に対するムラヴィンスキーなりの境地に立ったような気がする名演。

ともすると、映画音楽っぽくなりそうな5番だが、43分の中に凝縮された喜怒哀楽が、これまで聴いてきた5番とは一線を画す。

でも、やっぱりチャイ5って、終楽章まで聴くと元気がもらえる曲ですね。

戦争交響曲

2025年11月4日 

今日はお休みを頂く予定だったが、先の三連休中はデスクワークが全くできなかったので、午後から北白川で少しパソコンに向かった後、来週も引き続き人員が不足しているため、本当は明日配達する予定の豆で、今日用意できるものを積んで髙島屋へ。

北白川へ向かっていたら、久しぶりに四葉のヤサカ。

ちょっと前は、週に4~5台見かけていたのに、ここ数週間はぱったりと見かけなくなっていた。

髙島屋へ配達に行った後は店に戻らず自宅へ帰って、ちょっとゆっくり音楽鑑賞。

ショスタコーヴィッチ 交響曲第8番

指揮 ムラヴィンスキー レニングラードフィルハーモニー管弦楽団

先日、お客様とお話をしていたとき、「ショスタコーヴィッチは当時の権力に翻弄されて、本当に自分が作りたい曲をほとんど作れなかった」といった話になった。

自分の作りたい曲を作ることが良いことで、不本意な作曲をしなくてはならないことは、作曲家にとって残念なこと、という前提に成り立つ話ではあるが・・・

そんな話をしながら、何となくモヤモヤした気持ちが渦巻いた。

恐らく、世の中のほとんどのことは、知識と、その知識を具現化するための技術を磨ければ、そこそこのレベルに達することができると思う。

そこそこ以上、つまり、一流というのは、普通の人よりも膨大な知識を持って、それを常にアップデートしつつ、そこで得た知識を具現化するための技術を磨くことに余念のない人ではないだろうか。

よく、人の仕事を褒めるとき「センスがある」と言うことがある、けど、センスというのは恐らくそんな一流と超一流の差と言った感じではないかと思う。

逆を言うと、センスだけでできてしまう仕事があったとしたら、それはある意味浅いものではないだろうか。

が、後世に名を遺せる芸術家となると、当然知識と技術がものすごく必要であることは前提として、その上でその人の持っているセンスが人知を超えているように思う。多分、それが才能というものだろう。

そんな才能を持った人が、自身の才能を他の人や政治に利用されて不本意なものに使わなくてはならないというのは、ある意味残念なことかもしれない。

でも、世の中の作曲家と言われる人たちの中で、どれだけの人が自分の作りたい曲を作っているのだろうか。

政治に利用されていなくても、その時代で売れる曲を書くのが職業としての作曲家。

どんなに自分納得しても、周りの人が「素晴らしい曲だ」と言っても、売れなかったらその楽譜は紙くずにすぎない。

一方で、自分が納得できなくてもヒットすれば、その曲は高い評価を受ける。

ヒットすることに喜びを感じて、売れる曲を作ることが自分の作りたい曲だと思えれば、それは幸せなことかもしれない。

ただ、その時代にどれだけ売れても、その時代の人が好む曲というのは、数十年後に残っている曲は、ほんの一握り。

しかし、ショスタコーヴィッチは、当時の権力者に翻弄されながらも、その時代にある意味で迎合した曲を作っていても、死後50年経った今もなお多くの録音が新譜として販売され、多くの国で演奏されている。

時代の政治に求められるものを作っていたようでいて、実は普遍性も兼ね備えた芸術を作り上げていたからこそであろう。

モーツァルトは、本当に自分が作りたい曲だけを作っていたのだろうか?

今、ものすごい金額で取引される絵画を描いた画家たちはどうなのだろうか?

作曲家に限らず、現在著名な芸術家の中には、生前は認められず過酷な生活を余儀なくされた人も少なくない。

その人たちは、その時代の人に認められなくても、自分が作りたい作品を作っていれば、本当に満足だったのだろうか、人生を良いものと思えたのだろうか?

なんてことを思いながら聴くショスタコーヴィッチの第8番、通称「戦争交響曲。」

人生における成功とは何なのだろうか?

自己実現とは何なのだろうか?

そして、幸せな人生って何なのだろうか?

ちょっと考えさせられる曲であった。

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