自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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エチオピア旅行記

エチオピア旅行記その5(最終回)

2019年12月9日 

いよいよエチオピア旅行記も最終回。

今回の訪問を通して強く思ったことは、日本人が持つビジネスに対する価値観=『普通・当たり前』という考え方で産地の『普通・当たり前』を見てはいけないということ。

これはパプア・ニューギニアへ行ったときも感じたのだが、今回はより一層現実的に肌で感じられた。

 

今回の訪問は、現地で農園の経営と同時に精製所も持つエクスポーターでもある METAD 社の農園見学が中心だったが、その METAD 社はエチオピアの中では非常に欧米的な考え方でビジネスをしている希有な存在。

スターバックス、ブルーボトルといったアメリカの大手がこぞってここの豆を購入しているのは、どちらかというと豆の品質とか風味と言うよりも、同じレベルで対話ができる数少ない会社だからという点ではないかと思うほど。

もちろん、農園の経営や精製加工については高いレベルで運営を行っているので、クオリティーの高い豆が作られていることは事実なのだが、探せば METAD 社よりも風味特性の良い豆はいくらでもある。

しかし、ビジネスを【点】としてではなく、【線】で見た場合、一定のクオリティーを継続可能な形で提供してくれて、なおかつアメリカ大手と同じ目線でビジネスが見られる会社という観点で言えば代替の効かない会社なのではないかと思う。

そんな METAD 社は、これまで農園単位や地域単位での精製所は持っていたが、出荷前の最終精製であるドライミルは他社に任せていた。

しかし、他社に委ねることで、全てにおいて責任とクオリティーを維持できないということから、自社でもドライミルを持つことにされ、アディスアベバ近郊にその工場を建設中ということだったので、見学をさせて頂いた。

広大な敷地に、ドライミルと出荷用の向上が建設されている。

上階で精製と選別が行われ、下階は袋詰めや出荷用倉庫となっている。

脱穀機だけではなく、各種ソーターなどもすでに搬入され、稼働を待っている。

今後は、この工場で焙煎も行い、世界各国へ焙煎した豆も出荷したいということであった。

現在、Verdi でもMETAD社のウォッシュドを使っており、全体的なクオリティーは比較的高いと思われるが、過去には他のエクスポーターが出す豆の中に、もっと風味特性の良い豆があったことも事実。

ビジネスをするという点においては、METAD 社の豆を使っていれば安心安全であることは理解できたが、お客様により美味しい豆を提供するという点で言えば、やはり不安定かつ不確定な要素はあっても、いろいろと探してより良い豆を求めたいと思う。

そういう点から見ると、スターバックスやブルーボトルといった、味や風味よりも安定的に利益が上げることが最重要というビジネスをしている会社は METAD 社と組むのが最善の答えである一方、Verdi のような小さな自家焙煎店は、リスクはあるし、良いものが入るとは限らなくても、より美味しいエチオピアを探して奔走すべきかな?と思いつつ、保険として METAD 社の豆を常時持っているのが正解だと思いながら視察したドライミル工場であった。

 

最後に、エチオピアのお店で「ミックスジュース」と注文したら、こんなのが出てきます。

 

ミックスジュースはだいたい50~80ブル(1ブル=0.25円)、珈琲やラテが待ちのカフェだと30ブル程度なので、ちょっと高めのドリンクですが、日本円換算で200~350円程度と、日本のカフェではありえない価格。

ジュースを飲んで、ちょっとお腹の調子を崩した方もいたのですが、私は全然大丈夫でした。

もし、エチオピアへ行かれたら、ぜひミックスジュースを試してみてください。

エチオピア旅行記その4

2019年12月6日 

アラカの農園を後に、次はビシャフグへ。

こちらでは、すでに赤くなったチェリーも多く、今朝収穫されたものがナチュラル精製の工程に入りアフリカンベッドでピッキングされていた。

一面に広がる赤いカーペットのようなアフリカンベッド

恐らく中学生くらいと思われる女の子も朝からピッキングをしている。

エチオピアでは、年内はウォッシュドしか輸出できず、ナチュラルが出荷されるのは年が明けてからになるそうだが、METADの水洗加工場は現在補修の真っただ中。

なので、残念ながら水洗式のプロセスを実際に見ることはできなかった。

写真上の機会でチェリーの果肉がはぎとられ、ミューシレージと言われる粘膜層に覆われた種子が出てくる。

通常はミューシレージをこの水槽で発酵させるのだが、こちらの加工場では発酵のプロセスを短縮してパーチメントと言われる少し硬質の内皮までもっていく。

この層でミューシレージを取り除いていき、そのあとはアフリカンベッドで乾燥工程に入る。

標高が高いので、気温は日本の真夏ほど高くないのだが、赤道に近いため紫外線の強さを感じる。

その日の天気や気温によって、直射日光を避けるシェードをかけて乾かすとのことで、非常に丁寧に乾燥される。

 

水洗加工場を見たら、ハンベラの農園へ。

例年だと、すでに収穫が始まっているはずなのだが、今年は全体に遅れていて、このような緑のチェリーが目立つ。

そんなわけで、こちらの農園でもまだアフリカンベッドの製作中。

すでに大半は完成しているのだが・・・

まだ完成していないエリアを皆が頑張って作っていた。

エチオピアは、11月~1月が収穫期なので、本来ならもうガンガン水洗式の精製が進んでいるはずなのだが、今年は本当に遅れているそうで、収穫しているところや一面真っ赤なチェリーがなっている木々を見ることはできなかった。

ただ、精製の機械や環境に配慮するいろいろなことを見せてもらい、METAD社という農園であり、精製所であり、エクスポーターでもある会社の姿勢を見られて、エチオピアの中でも新たな潮流ができつつあるということを目の当たりにできたことは大きな収穫であった。

エチオピア旅行記その3

2019年12月5日 

いよいよ農園の視察レポート。

今回訪問したのは、エチオピアの中でも最も主要な産地であるオロミア州シダモ地方(先日の住民投票により、シダモは州への格上げが決まった)の西方に位置するアラカにあるMETAD社の農園。

農園での朝は鳥の鳴き声で目が覚めた。

外に出ると朝靄の中からライフルを持った護衛の人がやってくる。

しばらくすると、農作業をする人たちが農園へやってくる。

なかなか幻想的な光景であった。

農園は一面緑に覆われた自然の森の中にあるため、樹齢数百年の大木が天然のシェードツリーとなっている。

農園の大木とぐるり180度

今年は雨季が長引き、実の熟成が例年に比べるとずいぶん遅れているようで、まだ青い実が目立った。

こちらの農園では、木と木の間隔などもしっかりと定めて、あまり密集しすぎないようにしている。

木と木の間は180センチ開けるようにと書かれている。

木の高さは概ね170センチくらいに抑えられ、収穫がしやすくなっている。

この農園に植えられているのは、No.74140という品種。

基本的に、エチオピアの珈琲は自生しているものが突然変異や交配によって多くの品種に枝分かれしており、登録された順に番号が付けられていくので、よく言う「ティピカ」とか「ブルボン」と言うのではなく、要するにエチオピア在来種の中のナンバー〇〇という風に分類される。

そんなエチオピア在来種は葉が細長く、実のつき方も改良された品種より少ないのが特徴

ブラジルの珈琲の葉

在来種No.74140の葉

ブラジルの珈琲の実

在来種No.74140の実

このNo.74140は、バーガンディ種であるため、一見完熟しているように見えても、まだまだ熟しきっていないことが多いという。

その見分け方は、摘み取ったときに実が枝とくっついていた部分が実にくっついてきたらまだ未熟というところで判断するという。

この緑色の突起が枝とくっついていた部分、見た目には完熟だが、このように少し緑の部分がくっついて摘み取られるようではまだ完熟とは言えないので、ピッカーはかなりの注意が必要。

ちなみにこちらはブラジルの完熟豆で、普通のカツーラ種とイエローカツーラ。

ともに緑色の部分はくっついてこない。

地面を見ると、本当に緑のふわふわなカーペットという感じで、倒木にはコケが生え、栽培しているというより森に自生しているような形で農園全体が一つの生命体のように見えた。

ブラジルは、本当に珈琲が産業としてしっかりと定着しており、最大限の収穫ができるよう管理されているが、エチオピアは森の中に自生した珈琲というイメージが強かった。

つづく

エチオピア旅行記その2

2019年12月3日 

昨日は、エチオピアの都市部から農村へ移動中の写真を載せてご紹介したが、やはりワンショットの切り取りよりも動画の方がいいかな、と思って、都市部から農園がある山村までの道中で撮った動画をご紹介。

 

都市部と山間部や農村部では随分風景も家の形状も変わってくるのだが、やはり道が舗装されているか否かというのも人々の生活には大きな影響があるように思えた。

こちらは空港から車で5~10分ほどのところにあるホテルの窓から撮影した市内の風景。

これは、未舗装ではあるが、けっこう道はしっかりとしている中規模の街並み。

高原地帯では、牛がのどかに牧草(雑草?)を食べている。

農園が近くなると、土と藁ぶきで作られた GOJO(ゴジュ)と呼ばれる家で皆が暮らす。

車で10時間以上かけて都市部から農園まで移動している間、こういった生活風景のコントラストが変わっていくのがよく分かり、長旅の車中でいろいろなことを考えさせられた。

 

そんなわけで、ここからは車中から撮った動画、まずは大都市部から。

高い位置からのパッと見は近代的な高いビルが多いものの、実際の目線から見ると工事中の建物や、まだまだ垢ぬけていない光景が目に入る。

そして、山間部の中規模都市は、舗装されているか否かでバイクが多かったり馬やロバが主流だったりと、若干光景が変わってくる。

まずは、舗装されている田舎の街。

舗装されていても、下地がきちんと処理されていないので、ところどころ陥没しているが、未舗装の道では雨が降るたびに大きく土がえぐられるので、車の通行が大変だったりする。

農園近辺へ行くと、道のわきにもコーヒーの木が植えられているのが分かる。

明後日は、いよいよ農園について下記ます。

エチオピア旅行記その1

2019年12月2日 

1週間ぶりの日本、と言うかわが家。

蛇口をひねればお湯が出て、入ることを躊躇する必要のないトイレで用を足せ、パソコンを開ければネットにつながり、ミネラルウォーターを購入しなくても、安心して水道水が飲める。

それを当たり前ととるか、凄いことだと感じるか。

珈琲の産地から帰国した直後は、凄いことだと思えるのだが、しばらくしたら当たり前だと思ってしまう。

さて、そんなエチオピアの旅行記、まずはエチオピアの首都から農村部へ移動しながら見たものと感じたこと。

首都、アディスアベバは近代的なビルも立ち並ぶ大都市と言える。

しかし、車で走っていると目につくのは建設途中で工事がストップしてしまった建物が多いこと。

この建物、本当に建てる気があるのだろうかと思って聞いてみたら、建てる気はあるのだが、資金が不足していたり外国からの輸入に頼っている建材が届かなくてストップしているそうである。

現在都市部では建設ラッシュの状態にもかかわらず、なかなか工事が進まないのが現状で、そんなこともあり、エチオピア政府は外貨(USドル)の獲得を最優先事項としていろいろな政策を打っているそうである。

そのことが、実は珈琲産業にも非常に大きな影を落としているのだが、それはまた後の旅行記で。

 

そんな建設ラッシュが続く表通りから、少し横道に入るとビルの間にはバラックのような商店が軒を連ねる。

首都の街を歩くと、もしかしたら襲われるのではないかという緊張感が漂い、特に外人は常に周りをよく見ていないと、持ち物を取られる危険にさらされている。

同行の珈琲店主の話しでは、先日エチオピアを訪れた同業者が、ズボンの前ポケットに入れていたスマホをものの見事に盗られたということで、なおさら緊張して街を歩くことに。

また、バラックのような商店が並ぶ傍ら、首都の中でも繁華街にはちょっと昭和の香りが漂うような商業施設や飲食店も多くあり、中に入ろうとしたら入り口に座るガードマンから金属探知機を使ったボディーチェックを受ける。

カルディーズコーヒーでも、入り口の両サイドにいるガードマンからボディーチェックを受けてから入店。

カルディーズコーヒーの中はこんな感じ。

首都を離れ、延々と山間部の自然豊かな風景を見ながら走っていると、田舎町にたどり着く。

牛やロバ、馬、羊がそこかしこにいる中、車を走らせて目につくのは、大きな荷物を背負った人たち。

小学生くらいの子供から年配者まで、いろいろなものを背負って泥道を歩いている。

小さな子供が多いことも特徴的で、妊婦さんが乳児をおんぶして、その後ろから小さな子供が幼児をおんぶして母親についていくという光景があちこちで見られる。

ともかく子供が多い!

小さな子供でも、ヤギを引き連れていたり、牛や馬をひいていたりという姿を目にすることが当たり前だが、一方で家の前で遊んでいる子供や、何をするでもなく道端で立っている人も大勢。

そして、そんな人たちは、前を通る車を見たら必ずと言ってよいほど笑顔で手を振ってくる。

子供は、「ファランチ、ファランチ」と大声て言いながらおっかけてくるのだが、聞けば「ファランチ=フレンチ=外人」という意味だそうである。

最近では「チノ=チャイナ」と言われることも多いらしい。

山間部の農村では、ニンジンやバナナ、とうもろこしなどを持って車の横を走ってくる少年を目にする。

車が止まったら、窓をたたいて野菜や果物を買って欲しいと訴えてくる。この少年はとうもろこしを売りに来た。

また、売るものを持たない子供たちは、車が止まったら「ブル、ブル」と言いながら手を出してくる。

ブルとは現地の通貨で、要するに「お金頂戴」と言っているわけである。

しかし、珈琲の生産地、イルガチェフを進んでいくとだんだん子供たちの目も澄んできて、非常に人懐っこくなってくる。

カメラを持っていたら「撮ってくれ!」みたいなアピールをしてくるので写真を撮ろうとしたら、周りから大勢が集まってくる。

撮った写真の画像をモニターで見せたら「これ、お前写ってるじゃないか!」「これは俺だ!」といった雰囲気のことを大声て嬉しそうに叫んでいる。

その姿は、大好きなアイドルと間近で接したファンのような素振り。

ここにいる少年たち、これまで一度も自分の写真を撮ったことがない人が大多数なのではないかという反応。

都市部では、カメラを向けたら怒鳴ってくるし、また写真を撮れる雰囲気ではなかったのだが、農村部では「お金」というものに縛られなくても、農作物があるのでこと【食】については豊かな分、都市部の殺伐とした雰囲気ではなくフレンドリーな人たちが多くなるのであろう。

「ボロを着ていても心は錦」それを不幸ととらえるか、逆に「ボロを着ることが恥ずかしい価値観」に縛られている自分を不幸と考えるか、ちょっと考えさせられる。

しかしここで感じた自分の考えが本当に正しいかどうかは分からない。

やはり、本当にそこで生活して、人々の中に入らないと真実は理解できないようにも思うのだが、だからと言って今更エチオピアの農村部で暮らせるかと言ったら、やはりお湯が出て、電気が通っていて、安心して水が飲める生活からは離れられない自分がいる。

人間にとって、現代社会の進んだテクノロジーによる恩恵を受けられることは幸せなのかもしれないが、反面それに慣れてしまって、不便さの中に幸せを見出すことが難しくなってしまったことは不幸なことなのかもしれない。

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