2022年6月号掲載
ブラジルと言えば、世界最大のコーヒー生産国ですが、ブラジルへのコーヒー伝播にはワイドショーも真っ青な物語がありました。
前回開催した「夜話の会」でもご紹介した、そんな裏話を今回は書きたいと思います。
時は1727年、オランダ領スリナムと仏領ギアナで国境紛争が発生しました。
両国はブラジルの最北部と国境を接しており、調停役として当時ポルトガル領だったブラジルからフランシスコ・パリェタという人物が送り込まれました。
しかし、このパリェタ氏は両国の調停役というだけではなく、ポルトガルから重要な任務を請け負っていました。
当時、コーヒーはすでに主要な貿易商材となっており、まだコーヒーの木を持っていなかったポルトガルは、自国の領地で栽培したいと思っていましたが、既存生産国は権益確保のため他国に渡したくありません。ポルトガルはなかなかコーヒーの木を手に入れられずにいました。
そこで、パリェタ氏にギアナからコーヒーの木を盗み出し、自国の領地ブラジルへ密輸するよう命じたのです。
このパリェタ氏、物を盗む専門家ではなかったのですが、実は色男として知られており、女心を盗むのには長けていたのです。そして見事フランス領事夫人のハートを射止めてしまいました。
その後、パリェタ氏は両国の紛争を抑え、領事夫人との情事がばれることもなく、無事帰国の途につくことになりました。
パリェタ氏がブラジルへ戻る際、彼にそそのかされたフランス領事夫人は、調停成功の謝意を込めて花束を渡すのですが、その花束の中にはコーヒーの苗木5本が仕込まれていたのです。
こうして見事ブラジルへコーヒーの木が持ち込まれ、まずはパラ州とマラニャン州で栽培が始まりました。
1770年には、マラニャンからリオへコーヒーの木が持ち込まれ、その後サンパウロやミナスジェライス州へ広がり、1790年には珈琲栽培が本格的に始まりました。
その後200年の時を経て、現在ブラジルは世界最大の生産量を誇るコーヒー産地に君臨しています。もし、パリェタ氏がこのミッションに失敗していたら、ブラジルは別の産業が発展していた可能性もあり、世界の珈琲地図が塗り替えられていたかもしれません。
ギアナでの甘い情事、「そのとき歴史が動いた」とはパリェタ氏もフランス領事婦人も思い及ばなかったことでしょう。


