自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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たわごと

ナン美味しい

2019年5月6日 

いよいよ連休最終日。

いつも、平日よりも週末の方が鴨川沿いは賑わっているのだが、今回のGW中は普段より人が少ないように見えた。

今朝も、スッキリと晴れた気持ち良い朝だったが、夕方には風が強くなったと思ったら、けっこう激しい雨。

なかなか慌ただしい空模様であった。

 

さて、今日はインド料理店で回りのお客様の会話から考えてしまうことを長々と書いてしまいます。

私の備忘録みたいなものなので、面倒な方は読まないでください。

 

インド料理を食べに行ったとき、またはインド料理の話をしているとき、よく耳にする言葉が「ナン、美味しい」というもの。

中には、ナンが食べたいからインド料理を食べに行く、なんて人もいたりする。

でも、ちょっと考えてみたい。

フランス料理店へ行って、一通りの料理を食べたのちシェフに向かって「いやー、パンが美味しかったです」と言ったら、シェフはどう思うだろうか。

料理が褒められないレベルだったので、仕方なくパンをほめたのだろうか?と、むしろけなされているように感じるのではないだろうか。

ナンとはパンのことであり、それが主役なのではなく、あくまでカリーを食べるための主食である。

なので、カリーの種類によっては、ナンよりもライスの方が相性良いものもあるし、ロティやパロタ(両方ともインドのパン)で食べたいカリーもある。

カリーを食べなれた人なら、ナンというものはインド料理における主食の中では、単なる One of them に過ぎないもの、それでも多くの人が「インド料理=ナン」と思ってしまうのはどうしてかを私なりに考えてみた。

一つには、提供側の努力不足、或いは怠慢ということがあるだろう。

インド人がやっている多くのインド料理店では、カリーの奥深さをしっかりと伝えてより豊かな経験をしてもらおうと努力するのではなく、客がナンを好むと思ったら、技術を要する料理ではなく、ナンという原価も安く技術もあまり必要としないアイテムをアピールして営業してしまっているということが、お客がナンを卒業できずにいる原因の一つだと言わざるを得ない。

もう一つは、人間は自分の知っているものでしか判断できないということがある。

私も自分が好んでいろいろと食べている料理なら、今口にしたものがどのレベルにあるのか分かるが、ほとんど食べたことのないジャンルの料理であった場合、他と比較ができないからそれがどのようなレベルにあるのか評価ができない。

インド料理で言えば、限られた範囲のインド料理しか体験していないお客様の場合、カリーという料理をより広い範囲から比較して評価できない反面、パンについてはいろいろと食べているので評価ができる場合が多い。

なので、ナンのような柔らかくてふわふわで甘みがあって食べやすいパンを高く評価してしまっているのかもしれない。

要は、カリーも美味しいと感じてはいるのだろうか、比較対象に乏しく、作り方も難しそうな得体のしれないものなので、むしろ食べなれたパンに目が行ってしまっているのだろう。

これは本当に提供側の責任が大きい。

私の場合は、関心を持ったらひたすら追い求めていくので、いろいろなカリーを食べ、料理人とも会話をしてそれがどういうものかを突き詰めていくが、正直言って京都のインド料理店では、「こいつは本当に料理人としてのプライドがあるのか?」と思えるレベルのインド人が、単にインド人(最近はネパール人も多い)だというだけでカリーを作って出している店が非常に多い、と言うより大半のインド料理店がそうである故、料理であるカリーではなく安直にナンだけがもてはやされてしまう土壌を作っていると言っても過言ではないだろう。

要するに、10の知識と技術を持って1の料理を作るのではなく、1のレシピだけを教えられて1の料理を作っているのではないかと思えてしまうのである。

さて、ここからが本日の本題。

珈琲業界においても近年そのような波がきているかもしれないと危惧するに難くない経験をすることが少なくない。(めちゃくちゃ気を使って遠回しに表現しています)

Verdi においでになるお客様から最もよく聞かれることは「酸っぱくない珈琲はどれですか?」というもの。

そんなとき「珈琲の酸味と酸っぱさは全く違うものです。弊店の珈琲は完熟フルーツが持つフルーティーな酸味はあっても、未熟な果実の持つ酸っぱさはありません」とこたえているが、なかなかご理解頂けず、飲んでいただいて、やっと納得して下さるということも多い。

一方で、最近は「酸味の強い珈琲をください」と言われることも出てきた。

ここ数年新しくできたお店で珈琲を飲むと、極浅煎りで強烈に酸っぱいものが出てくることが多い。

「もう少し深く煎ったら、もっと美味しくなるのに」と感じることが少なくない。

そこで感じるのは、私たちは浅煎りから深煎りまで煎り分けて、そのうえでその豆にとっては、どの焙煎度合いが良いかを判断するが、今の風潮としては豆の特徴とは無関係に全て浅煎りにすることを前提にしているように思えてならない。

これは、カッピングの焙煎度合いが浅煎りということに起因しているのだろう。

ある意味、カッピング至上主義の弊害と言っても過言ではない。

そしてこれは、先に書いたカリーで言うところの、10の知識と技術を持って1を作るのではなく、1しか知らずに1を作っているということにつながる。

以前、Verdi のスタッフがスペシャルティコーヒーを標榜している店へ行って、「この豆の焙煎度合いはどんなですか?」ときいたら、そのスタッフは焙煎度合いという言葉すら知っているのかどうか、焙煎についての返答はなく、カッピングのプロファイルに書かれているような評価を繰り返したということがある。

1について1しか知らなかったら、それ以上のプレゼンはできないわけで、珈琲についての知識を持たないお客様に対して、今飲んでいただいている珈琲について1を断定的に説明してしまったら、お客様もそれ以上の深い世界を楽しむことはできなくなってしまう。

そして、今の世の中、10を学んでから商売をしようというのではなく、とりあえず1ができるからそれで商売をしようという発想が主流になりつつあるようで恐ろしい。

まずは、Verdi という店がしっかりと10を知った中で1について多角的に説明できるような店にしていかねばならないと感じているし、それをどのようにしてお客様に伝えていくかも考えねばと思う。

カリーに例えて言うならば、Verdi のお客様には「ナン美味しい」と言わせるのではなく、「このカリーが美味しい」と言って頂けるよう、そしてなんでもかんでもナン至上主義と言うのではなく「このカリーには、この主食が相性良い」=「この豆はこの焙煎度合いだからポテンシャルを発揮できる」と分かって頂けるようにしていかねばと思う。

インド料理店で「ナン、美味しい」と言う言葉を耳にするたび、そんなことを考えてしまう今日このごろ。

これ以上深く書いてしまうと、同業者から嫌われそうなのでこのへんで。

1年ぶり

2019年5月1日 

今朝は歩こうと思っていたものの、起きた時はまだ雨が降っていたのでウォーキングお休み。

そして、昨年のデータによると造形芸大店はGW中お客様が少なくなる傾向があったので、今日は社員二人とアルバイト1名だけという、ミニマム構成の人員で営業することに。

しかし、嬉しい誤算と言うべきか、10連休ともなるとデータ通りにはいかないというべきか、午前中こそ閑散とした店内だったが、ランチ以降は想像以上に多くのお客様がお越し下さり、今週のスペシャルカリー「ポークのベリーマサラ」は12時台に売り切れてしまい、お昼過ぎにはハラミライスプレートも売り切れ、ご飯は2回も追加で炊かねばならないということになってしまった。

明日と明後日の造形芸大店は、学校全体がお休みのため、Verdi も臨時休業させて頂く。

3日からはどうなるか、全く予想できないが、どのようにも対応できるよう準備だけはしっかりせねば。

造形芸大はお休みでも、下鴨本店は明日から6日まで休まず営業。

私も、2日と5,6日は下鴨に入るので、よろしければお運びください。

 

さて、そんなわけで、明日は私にとってこのGW中唯一時間に余裕がある日なので、今夜は末娘を連れてレイトショーで映画を見に行くことにした。

本当はハロウィーンを見たかったのだが、毎年恒例のコレになってしまった。

なんだかんだで娘に付き合って、ほぼ毎年見に行っているのだが、年々面白くなくなってきている。

ネタが尽きてきたのだろうか?

私も、週替わりカリーのネタが尽きないように、頑張って勉強(食べ歩き)せねば、でも、それとダイエットの両立もしなくてはならないわけで、なかなか難しい問題ですねぇ・・・

カレー食べたい

2019年4月25日 

雨上がりの今朝は、どんよりと曇っていて大文字山も雲に覆われていた。

さて、私は現在気合を入れてダイエット中なので、朝と夜はヨーグルトにバナナを切り入れて、そこにミックスナッツを何粒か混ぜて食べるという生活を送っている。

よく飽きないなぁ、と自分でも感心しているのだが、最大の敵は仕事に合った。

こちらは、造形芸大店で提供している週替わりスペシャルカリー「マラバール風シーフードカリー」で、これは私がキッチンで作って、提供前の仕上げだけをキッチンスタッフに託しているわけだが、作りながら味見などをすると、やはりちゃんと一皿食べたくなったりする。

さらに、来週作ろうと思っているカリーの試作などをしていると、たまらなくカリーが食べたくなるのだが、ダイエット中は我慢。

週に2回だけバナナヨーグルトナッツ以外を食べることを心の支えに、明日も皆さんに美味しいカリーを食べていただくべく頑張るのであった。

そんなわけで、おなかがすくまえに寝ます。

みなさまおやすみなさい。

最近感じること

2019年4月18日 

今朝は、薄手のジャージで歩いていても汗ばむほど。

定点観測位置から大文字山を見たら、いい感じで雲がかかっていてきれいだった。

ちょっと場所を移動して、木の枝と大文字山

もう春というより初夏の雰囲気がただよっていた。

最近、春と秋が短い気がする。

で、今日は以下文章のみ。それも、あまり楽しい話ではないので、めんどうな方はこの先パスしてください。

 

さて、コーヒーブームと言われている昨今、京都市内でも次々と珈琲店ができて、若い人が集まっている光景を目にする。

珈琲業界でも、川上の部分においては、大きな利益が出ているのではないだろうか。

そんな中、珈琲を仕入れている商社や卸会社から同じような手紙が相次いで届いた。

表現や言い回しは違うが、内容はこんな感じ。

● 掛け売りの終了、または、支払い代行会社を経由した決済に移行。

● 小分け発送の開始、または最小ロットの小規模化をするという告知。

● 無償サンプルの提供終了、または、数万円分購入時のみサンプルを請求できるよう改定。

こんな手紙をもらって、ちょっと考えてしまった。

まず、掛け売りの終了について、ポジティブに見ると、珈琲店が増えて取引先が倍増したため、掛け売りは経理の手間がかかり事務作業が大変になるので、クレジット決済か支払い代行会社、あるいは代引きのみの決済にして経理処理に要する時間を削減する。

と見えるが、ちょっと嫌な見方をすると、回収不能のリスク回避=売掛金の回収ができない可能性のある取引先が増えた。とも考えられる。

次に、小分け発送の開始、または最小ロットの小規模化というのは、焙煎業者にとっては有難いように思えるが、文面を見ると1キロ単位で発注ができるようになった旨書かれていたり・・・

今までは、小分けと言えば最低でも10キロだった。

1キロの豆を焙煎したら、水分が飛んだりして商品になるのは約8割。

カッピングをしたり、店内飲食で出したりすることを考えたら、1キロ小分けで仕入れたとしたら、豆で販売できるのはせいぜい5~600gということになる。

もし、店内飲食だけのために豆を焙煎したとしても、1キロ焙煎して淹れられる珈琲は50~60杯程度。

要するに、1キロ小分けで仕入れても、豆はほとんど売れないし、店内飲食にしてもそんなにたくさん出ていないということになる。

最後に無償サンプルの配布終了について、通常だと数百グラムのサンプルをもらって、豆を見てから発注するということだろうが、ある商社の人が半ば苦笑を浮かべた顔で言っていたのは、「無償サンプルだけもらって、それで商売しているお店があるから困っている。」そうである。

あるいは、無償サンプルを出しても、それをペイできるだけの注文が入らないということもあるだろう。

そうして考えると、今のコーヒーブームには非常に危うさを感じてしまう。

それは、しっかりとしたビジネスにならない規模の店が増えることで、業界全体が疲弊するということもあるし、コーヒーというもののビジネススタイルが、今まで私たちがやってきたものとは異質な方向へ走り出している可能性を感じるということもある。

前者については、しっかりと今までの仕事を常にブラッシュアップしつつ遂行するしかないかと思うが、後者については確実に旧来の珈琲店にもその波は押し寄せてくるので、きちんと時代の流れを見ながら、そこに足を取られるのではなく、自店の存在意義をお客様にご理解頂いて、時代を取り込みつつ流されないように地に足をつけて営業しなくてはならない。

そんなこともあり、造形芸大店はGW明けに改装工事をして、より珈琲についてしっかりとお客様に向き合える店にしようと思っている。

店の改装と同時に、もっと Verdi のスタッフにもしっかりと珈琲についての理解を深めてもらい、より強固な専門店に育っていかねばだな、と、業者さんからの手紙を読みつつ思いをはせるひと時であった。

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