昨夜は、ついついプロ野球のハイライトなどをたくさん見てしまい、そのうち眠くなって日記を書きそびれてしまった・・・
とりあえず、Gに強いということはいいことだ!
さて、一夜明けて、今日は朝からちょっと家の用事などをして、9時過ぎには下鴨店へ。
今日は月末ということで、何かと作業があったので、お昼過ぎまで下鴨でデスクワークをしてから、午後は北白川へ。
月末って、何かといろいろあるのだが、月末と言うことは、要するに8月も今日でおしまい。
なんか、つい先日お盆だなんて思っていたのに、早いものである。
話は変わって、私の車の中では、CDから取り込んだ音楽が順繰りに流れているのだが、今日はショスタコーヴィチの交響曲第7番を聞きながら出勤。
恐らく、西側諸国では現在最も演奏されないであろう曲。
サブタイトルは「レニングラード」
第二次大戦時のソ連、ナチスに包囲される中、戦時のプロパガンダ色が濃い曲で、反ファシズム(ナチスに対する)の意味合いで作られたと言われ、初演後にはマイクロフィルムでスコアがアメリカへ送られ、ソ連での初演数か月後には、トスカニーニがアメリカでの初演を行ったという、ある意味1940年代の世界観を望める曲。
ただ、ショスタコーヴィチ自身は、既に戦争前から構想を持っていて、ナチスだけではなくスターリン体制に対する批判も込められていたとのことで、なかなか複雑な解釈を持っている。
と、曲が作られた経緯はこんな感じだが、以前私と長女が車で移動しているときも、この曲が流れていて、この曲についての説明をしたことがあった。
作曲の経緯ではなく、初演時の物語。
以下、娘に対する説明
当時のソ連は、対ナチス戦線の中、オーケストラ楽員の中にも死者が多く、徴収されて戦地へ赴いてるものもいたが、この曲を演奏するにあたり、前線から楽団員が呼び戻された。
もうこの世にいない団員も多い中、残った楽団員と集められた奏者たちより演奏された様子は、ホールだけではなく街中にも設置された拡声器やラジオから、国中はもとより、戦地の兵士やナチス軍の耳に届けられた。
ソ連の壮大な国土、平和な日々が雄大なメロディーで表現される中、徐々にナチスの侵攻が始まり、日々その恐怖が増してくる第一楽章は、ファゴットによる死者への追悼メロディーで締めくくられる。
戦前の美しい風景などが見えるようなメロディーの中、常に戦争に対する恐怖が影を落とす第二楽章。
追悼と悲しみ、そして激しい怒りを表現した第三楽章。
そして、重苦しい戦いの中、徐々にソ連は劣勢を跳ね返し、最後は壮大なメロディーに乗って、歓喜の勝利を迎える第四楽章。
その第四楽章の最後の部分、第一楽章の主題が高らかに演奏された直後、急にその主題を妨げるかのようにタ、タ、タ、ターンという、ベートーヴェンの運命の主題のようなリズムが繰り返される。
実は、このリズムはモールス信号の【V】を意味しており、ソ連の戦勝を表現しているもので、演奏終了後のホールは拍手と涙で埋め尽くされ、戦争で疲れ果て、希望を失いかけていた国民を奮い立たせた。
と、説明をしたら、娘はこの曲に対する関心が高くなり、その後車の中でショスタコーヴィチの7番が流れたら「ショスタコーヴィチだね」と、言うようになった。
この曲、本当に壮大で素晴らしい曲なのだが、何も知らずに聞き流したら、単なるBGMになってしまうところ、その曲に込められたストーリーを知ることで、より感情移入ができて、細かい部分までしっかりと聴けるようになる。
これって、コーヒーでも同じで、何の説明もなくコーヒーを飲んだら、単に「美味しいな」だけなのに、その豆についてのストーリーを知ると、より深くその豆を知りたくなり、そしてその豆が好きになっていく。
私たちは、コーヒーを売りつつ、しっかりとその背後にあるストーリーも紹介することで、お客様により良いコーヒーライフを楽しんで頂けるのではないかと、ショスタコーヴィチを聞きながら思った出勤時間だった。
そんなわけで、今日の午前中に下鴨で仕事をしながら聴いたBGMは・・・
同じ7番でも、ショスタコではなくベートーヴェン。

ベートーヴェン 交響曲第7番、第8番
アバド指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
本当はアバドの8番を聞きたくて自宅から持ってきたのだが、ベートーヴェンの7番って、ショスタコとは全く違った感覚で元気がもらえる曲。
7番を聴こうと思っていたら、恐らくクライバー/バイエルンのライヴ盤を持ってきていたと思うが、もちろんアバドも素晴らしい演奏を聴かせてくれる。
仕事をしながら聴くには、ショスタコーヴィチはちょっと重すぎる一方、ベートーヴェンの7番は、仕事を捗らせたいとき、BGMにかけていたら良いかもしれない。


