今朝、出勤前にテレビでニュースを見ていたら、9月11日は「公衆電話の日」だと言っていた。
なんでも1900年9月11日に、日本で最初の公衆電話が登場したらしい。
そう言えば、最近公衆電話をめっきり見なくなった。
ヴェルディ開業当初は、店の前に公衆電話のBOXがあったものの、開業10年目くらいで撤去されてしまった。
自宅近所も同様で、病院などでは見かけるものの、以前は大きな駅だと公衆電話が10台くらい並んでいたのに、最近では探さないとみつからないほど。
今、ヴェルディで働いている学生のアルバイトさんに「公衆電話使ったことある?」と訊いたら、もしかすると誰も使ったことがないかもしれない。
さて、9月11日と言えば、もう一つ大きな事件があった。
アメリカの同時多発テロ。
テレビでライヴ中継されている中、煙の上るビルに二台目の飛行機が突っ込むシーンをまさにライヴで見た衝撃、と言うより、映画でも見ているような、現実のものとは思えない感覚でテレビを凝視していた記憶がある。
あれからもう25年、四半世紀になるわけで、昨日はニュースの中でも特集が組まれていた。
ライヴ映像を見て、現実のものとして受け止められなかったものとしては、ベルリンの壁崩壊というのもあった。
多くの人は、その人の人生の中で、現実とは思えないような出来事に出会うことがいくつかあると思う。
私の人生においては、ペレストロイカから始まったソ連の解体、東西の垣根がなくなってきた中でのベルリンの壁崩壊、そして、同時多発テロ・・・
ベルリンの壁は、歓喜の想いを胸に、その事実を受け止めた人が多かったであろう一方、同時多発テロは悲鳴と涙しかもたらさない悪夢のような出来事、真逆の大きな事件は、共に常識を覆す劇的な衝撃だった。
もしかすると、1900年という時代に生きていた人たちにとって、公衆電話の登場は現実とは思えない衝撃的な出来事だったかもしれない。
しかし、今の私たちにとって、公衆電話はすでに過去のものになりつつあり、私たちの世代が子供の頃は、まだSFの世界にしか存在しなかったスマートフォンみたいなものを何の違和感もなく子供が使っている。
今、ヴェルディで働く学生アルバイトさんたちは、ベルリンの壁はおろか、アメリカの同時多発テロですら、歴史の教科書でしか知らない。
21世紀に生まれ、今の時代に青春を謳歌している若者が体験する歴史的一大事はどんなものになるのであろうか?
願わくば、笑顔になれる大きな歴史的転換であってほしいと思いながら、朝のニュースを見た9.11であった。


