先日、ニュースを見ていてたら、一か月に一冊以上読書(製本版・データ版両方含む)する日本人は、概ね33%だったという調査結果が出たと言うことが報道されていた。
私も、東京でサラリーマンだったころは、通勤電車の中で本を読んでいたので、だいたい月に3冊くらいは文庫本を読んでいたが、最近なかなか読書に充てる時間がなくて、出張のときなどしか読めない。
まぁ、昔は情報の入手方法と言えばテレビか新聞だったし、通勤時の時間つぶしは雑誌や新聞を読むか読書というのが定番だった。
それにかわって、現在電車の中で皆が何をしているかと言うと、だいたいの人はスマホを見ている。
もちろん、スマホやkindle等で読書している人も見かけるのだが、確かに大半の人は読書ではなく、ゲームをしたりSNSやインターネットでサイトを閲覧していたり・・・
今や、お店の情報もSNSが主流の時代になっていることは否めない。
ある意味、情報に対する責任のない媒体が一番信頼されていると言っても過言ではないかもしれない。
当然ヴェルディでも良く分からない中、SNSのアカウントは持っているのだが、最近写真ではなく動画を上げ始めたら、閲覧数が大幅に増えた。
(よろしければVerdiの Instagram リール動画もご覧ください。)
そして、閲覧数が増えたら、コメントもいろいろなものが書かれるようになってくる。
今までは、ヴェルディのお客様が中心にご覧くださっていたものが、世界中の人が見るようになったら、私たちのコンセプトや日本のコーヒーについてではなく、その国、その人の価値観でコメントを書かれることも多いので、ある意味とても勉強になる。
先日は、焙煎・煎り止めの動画に以下のようなコメントがあった。
It has turned into a commercial coffee. I prefer specialty coffee. The roasting degree is lower.
これを直訳したら
市販のコーヒーになってしまった。私はスペシャルティコーヒーの方が好きだ。焙煎度が低い。
この「焙煎度が低い」というのは、もしかすると「焙煎のレベル(技術)が低い」と言っているのかもしれない。
この意見に対して、受け取り側としては「うちのコーヒーをよく知らないくせに」と憤ることもできるだろう。
あるいは、煎り止めの色だけではなく、火力や排煙を含めてトータルで見ないと焙煎は測れないので、あまり焙煎を知らない人が書いたコメントだ。と、無視することもできるだろう。
ただ、私がこれを読んだときは、批判的なコメントに対する感情の動きは全くなくて、客観的に「そうか、この人は動画の音(2ハゼの音)と色だけを見て、「市販のコーヒー=中深煎り」「スペシャルティーコーヒー=浅煎り」と定義づけているのだな。という感想を持ったということ。
同時に、もしかすると、そういう考えは、想像以上に世界的に広まっているのかもしれない、ということ。
月曜(祝日)の営業をしているとき、台湾から本を見てヴェルディを訪ねてくださったお客様がいらっしゃった。
お好みを聞いたら、フルーティーな方が良いとのことだったので、エチオピア・グジ・ナチュラルを提供した。
その後、少し残っていたヴェルディブレンドを味見してもらい、どちらが好みか聞いたところ、エチオピアと即答。
その後、ヴェルディブレンドがこの店のメインブレンドで、普通に「コーヒー」という注文にはこちらを出していることを伝えたら、「毎日飲むならヴェルディブレンドが良いかもしれない、けど、今の気分はエチオピア」という返事をもらった。
この台湾人のお客様が非常に紳士的な方だったので、きわめて紳士的な返答をされたということもあるかと思うが、なんだかんだ言って、ヴェルディで売れるコーヒー豆のうち6~7割はヴェルディブレンドと下鴨ブレンドが占めている。
少なくとも、ヴェルディのお客様は中深煎り~深煎りが好きな方が多いということで、世界的に浅煎りだけが良いコーヒーとされているわけではないと言うことは分かるのだが、これからの世代。SNS世代がコーヒーというものをどう判断するかは予想が難しい。
現在のお客様の好みを大切にすることは重要だが、未来のお客様を見据えることも仕事の上では必要なこと。
さて、どうなることか・・・・
と、いろいろ考えている今日この頃。
次回日記では、もうちょっと私のコーヒーに対するポリシーを掘り下げてみたい。










