自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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たわごと

行く人来る人

2026年3月15日 

3月は出会いと別れの季節。

ヴェルディでも、学生のアルバイトが卒業で退職したり、新しい人が入ってきたり。

この3月、下鴨店では4人の学生さんが卒業で退職することになる。

そんな中、昨夜は閉店後に昨日で最後の出勤となったF君と、もう少し入店はあるが、この3月で退職するKさんの送別会。

2月中旬から新たに加わったOさんの歓迎会も兼ねて皆で食事をした。

長く働いてくれていたスタッフが抜けるのは痛手だが、彼ら彼女らの新たな船出が素晴らしいものであることを祈るのみ。

そんな送別会から一夜明けて、今日の下鴨店ホールは、お昼から閉店まで私とカミさんと、新人のOさんの3人で回すことに。

抜けた人の存在感をちょっと感じつつ、新人Oさんが、まだ1か月も経っていないのに、もう半年か1年くらい働いているような様子を見ながら頼もしく思いつつ。

そんなこんなで、何かと慌ただしいヴェルディだが、人の入れ替わりは新たなチャンスととらえて頑張って行こう。

さて、人の入れ替えだけではなく、限定コーヒーも入れ替わり。

けっこう人気だったグァテマラ・パカマラ・ナチュラルが終了して、一瞬だけ2月上旬に販売していた「バレンタイン ローズ」が復活します。

恐らく、今週末まで持つかどうかという量なので、お召し上がりになりたい方はお早めに。

指定席

2026年2月25日 

下鴨店には、週に4~5回ご来店下さる、要はほぼ毎日お越し下さるお客様が何名かいらっしゃるのだが、そういうお客様はだいたいがいつもお座りになる席が決まっている。

特にいつも朝の開店から間もなくご来店下さる常連さんは、営業開始間もないので全席空いているため、好きな席が選べることもあり、その傾向は午後からご来店下さるお客様よりも顕著だったりする。

さて、今日は朝から雨が降っていたこともあり、あまりお客様はご来店にならないのではないかと思っていたのだが、開店と同時に数組のお客さんがご来店くださって、その後も間断なくお客様がお越し下さり、「雨の割には」と言うより、普通に忙しい一日だった。

開店と同時に、いつもご来店下さるH様の指定席に初めてのお客様がご着席になった。

その直後、また別のお客様がご来店になり、H様がお座りになるいつもの席が空いていないときにご着席になる「第二候補」の席が埋まってしまった。

週末などは、そういったこともあるため、いつもの席と、第二候補の席が埋まっていたときにお座りになる第三候補もあったのだが、あろうことか第二候補の席が埋まった直後、第三候補の席まで埋まってしまった。

朝のスタッフと「H様、こんなときはどの席に着かれるのだろうか?」と言っていたら・・・・

まぁ、毎日のようにご来店下さるからと言って、必ず毎日お越し下さるわけではないのだから、そんな日があっても然るべきなのだが、第一~第三候補の席が全て埋まっていたら、どの席にお着きになるのか、ちょっと気になっていたのに、まさかの今日はご来店ならずという結末であった。

夜話の会開催

2026年2月6日 

最初にお知らせです。

2月21日(土)18時30分~夜話の会を開催いたします。

今回のテーマは「グァテマラ・アンティグア」

コーヒーホリックというイベントに参加している中、今回京都の自家焙煎店14店舗が同じ豆で各々焙煎するわけですが、その課題豆が「グァテマラ・アンティグア」のものなので、ちょっと詳しく解説しようかと。

商社さんや、グァテマラのコーヒー組織「アナカフェ」などの公式な説明では語られないような、ちょっと裏話を交えながら、グァテマラの中でも特にアンティグアにスポットをあててお話しします。

よろしければ、ご参加ください。

お申し込みは下鴨店までお電話で。

珈琲夜話の会 テーマ「グァテマラ・アンティグア」

2月21日(土)18:30~1時間半程度

場所:カフェ・ヴェルディ下鴨店

会費 1,500円(お土産付き)

ご予約は電話で 075-706-8809

昭和オヤジの独り言

2026年1月25日 

最初にお知らせです。

期間限定コーヒー、ただいま「エチオピア・ベンチマジ・ゲイシャ種」を販売中!

こちらは、極少量のため、恐らく来週末までには売切れるかと思われます。

あまりゲイシャゲイシャしていない、バランスよく飲みやすいコーヒー。

その分、ゲイシャのなかでは価格も穏やか。

よろしければ、お試し下さいませ。

さて、今日は朝から断続的に雪が舞う寒い一日。

こんな日は、お客様の足も冷え込むだろうと思っていたが、常連さんは有難いもので、開店直後からいつも週末にご来店下さるお客様たちが席を埋めてくださり、なんとか形になったモーニング。

午後らかも、予想以上に多くのお客様がご来店下さって、日曜日の期待値には届かなかったものの、こんな天気の日と思えば有難いことであった。

さて、そんな常連のお客様以外の方々が、どうやってヴェルディをお知りになるのか?

そんなことを考えながら、最近ヴェルディのInstagramを更新する作業を下鴨店の鈴木に任せてみた。

彼女は私の個人アカウントも勝手にフォローしているらしく、さらに私の写真がけっこう好きらしく、「ヴェルディのインスタもマスターの撮った写真を載せて行きましょう」と言うことだったので、ここ3~4投稿は、私がそれ用に写真を撮っている。

正直、私はSNSとかが苦手で、スマホ自体も仕事上必要なLINEを見たり、スポーツの結果を見たり、ということ以外ほとんど活用していないので、Instagramのインサイト情報などもよく分からないのだが、鈴木が言うには、このところインタラクションが上がってきているとのことで、「好ましい方向に行っています。」だそうである。

ただ、個人的にはどうもSNSというものが気に食わない。

「私が若かった頃」という言い方、私も若かった頃に年長者に言われて「時代が違うんだ」とおもったこともあるが、あえて言うなら・・・

私が若かった頃は、何か良いお店、美味しいお店をみつけようと思ったら、友人知人のおすすめをきいたり、実際に歩いていて目についたお店に入ってみたり、そうして「ここは当たり!」というところを見つけたら、通い詰めるといった感じだった。

自分で探して食べてみて判断するのだから、他人の評価などは関係なく、自分が良いと思った店が良くて、他人が何と言おうとそれで自分的には満足できていた・

私が週に何回も通っていたインド料理店「ヌーラーニ」やタイカレーの「シャム」なんかも、「ネットで見て」ではなく、通りかかって気になって入った。というのがスタートだった。

しかし、現在お店を誰かに知ってもらおうと思ったら、SNSなどで露出したり、Googleの検索で上位に表示されたり、といったことが必要になってくる。

今日も、Instagramのプロアカウントの設定の仕方を鈴木と一緒に見ていたのだが、どうも私はよく分からなくて、結局やりたい設定ができないまま。

Googleにしても、マップとかそこに表示される店舗情報のようなものをしっかり更新したり最適化しないと、集客できないといったことをよく耳にする。

なんとかやってはいるものの、ネットで調べてそういうことをやりながら、どうも憤りを感じてしまう。

お金を払って広告を打つわけではないのに、Googleが勝手に店をネットにあげて、見ず知らずの人が一回キリ来店しただけなのに、さも知ったかのようにその店の評価をして、その評価が高ければ、それを見て人が来店する。

なんだか、勝手にMetaやgoogleの奴隷にされているように感じる。

そして、そいういったものを使って店を探したり、情報を得るということは、結局はそんなネット業界の巨人たちの思うつぼで、自分で探す能力の欠如や、自分の舌での評価能力の失墜、人の判断に頼らなくてはならない主観を持てない人間に成り下がってしまうように思えて仕方ない。

もっと言えば、Metaやgoogleは、自分たちが提供するプラットフォームを何の疑いもなく、それが世間の正しい評価だと思って使う人を一人でも増やすことにより、人間を「考える葦」から「単なる葦」にしてしまい、自分たちなしでは物事の判断ができない存在に仕立て上げたいと思っているのではないかと感じる。

スマホを使いこなしていると思っているのが、実はスマホとそれにインストールされているアプリ開発会社に「思考・判断・主観」の能力を吸い取られているのではないかと思うので、ともかく、仕方なく使ってはいるが、Instagramとか、Googleのマップに記載される店舗情報とかとは、こと私生活においては距離を置きたいと思っている。

まぁ、必ずしも「昔はよかった」とは思わないが、今の世の中と比べると、人間が人間らしく生きられていたような気がして、少なくとも今よりストレスは少なかったように感じる。

現在ヴェルディで働いている学生アルバイトと話をしていると「それ、昭和の考え方です」と言われることも少なくない。

でも、昭和の人間にとっては、やはり昭和(後期)って時代の活気はあったが、どこか許容範囲の広かった時代が「良い」とは言わないものの「生きやすい」と感じてしまう。

私も間もなく還暦、もう先もそんなに長くないので、少なくとも自分の目の黒いうちは、完全にネットやAIなどに頼り切らなくても生きていける世の中であってほしいなぁ・・・・と、Instagramの設定がうまくいかないストレスを覚えながら思うのであった。

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