自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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知らなくてもいい珈琲の話-その12【珈琲年代譜 Part 1】

2021年4月4日 

知らなくてもいい珈琲の話も、なんと12回目!3か月も続いてしまいました。

ある意味、書ける内容は山ほどあるのですが、逆にありすぎて何から書こうか悩むところ。

なので、一度珈琲の広がりや時代時代の飲まれ方などを時系列に年代譜としてまとめてみることにしました。

が、恐ろしく端折っても膨大な量になるので、今回は16世紀まで(1500年代)の珈琲年代譜を書いて行きます。


珈琲年代譜 コーヒーの発見から16世紀まで

  • 年代不詳

アビシニア(現エチオピア)でコーヒーが発見される。

当初は食用とされていたようである。

  • 6世紀ごろ

エチオピアが一時イエメンを支配下においたことから、イエメンでコーヒーの栽培がはじまる。

  • 10世紀頃

エチオピアでは食用とされていたコーヒーを最初に愛飲しはじめたのは、イスラム教の神秘主義派である「スーフィー教派」と言われている。

ただ、スーフィー教派は大まかにイスラム教に含まれるものの、必ずしもイスラムの教え全てを認めていたわけではなく、精神修行を通して人の内面を重視する集団だった。

その精神修行を実践する中で、真夜中の祈祷に目を覚ませるための秘薬とされており、この時代におけるイスラム社会でのコーヒーは、宗教儀式で飲用される他は、薬用として医師により処方されていたようである。

一説には、コーヒーについて最古の文献は、10世紀頃に書かれた医師による処方箋だったとも言われている。

ということで、あっという間に500年の歳月が流れました。

  • 15世紀末頃

宗教儀式に用いられていたコーヒーだが、その覚醒作用と常習性から、多くのイスラム巡礼者が嗜好品として愛飲するようになり、それら巡礼者たちによって、ペルシャ(イラン)やエジプト、トルコ、北アフリカへと伝えられていく。

  • 1536年

オスマントルコ帝国がイエメンを占領 ⇒ イエメンのモカ港からコーヒー豆の出荷が始まる。

モカ → スエズ舟で運搬 → アレクサンドリア駱駝にて運搬 → 商人がフランスやヴェネチアへ。

このころから、アラブ人は近隣の山々でコーヒーの栽培をはじめるようになる。

「カフェ」という名称は、エチオピアで「ブン」と呼ばれていたコーヒーが、商材として取引をはじめたトルコ人により、アラブ語でワインを意味する「カフワ」と呼ばれたことが語源という説と、エチオピアの「カッファ地方」が語源とされる説がある。

トルコにとって、イエメンのコーヒー豆は重要な貿易収入源だったため、国外持ち出しには細心の注意が払われた。

具体的には、国外に持ち出す前に必ず熱湯をかける、或いは、軽く煎って発芽ができないようにする。など。

そのような策が功を奏し、1600年頃までコーヒーの栽培はアラビア半島外に出ることがなかった。

  • 1554年

トルコの首都、コンスタンディノープルに最古のカフェと言われる「カフェ・カーネス」がオープン(カーネス=家の意味 ⇒ 店名と言うより「コーヒーショップ」といった意味合い)

以後、続々とカフェ・カーネスが出来ていく。

※ コーヒー業界における通説としては、1544年がコーヒーショップ元年ではあるが、1511年にはメッカの地方長官ハイール・ベイがコーヒーハウスで自分が風刺されている詩が出回っていることから、コーヒー禁止の布告を出したと言われている。

その布告により、メッカのコーヒーハウスは一斉に閉店に追いやられたとのことなので、メッカには1544年以前にコーヒーハウスがあった可能性が高い。

富裕層の家には、正式な作法(極めて原始的な日本の茶道のようなもの)に従ったコーヒー飲用の専用室があったとも言われている。

日本でも、名家のお屋敷には、茶室があったようなものかもしれない。

  • 1500年代末頃

コーヒーはヨーロッパにも広がる。

しかし、広がり始めた当初はコーヒーに薬効があると言うことに恐れを抱いた医師たちや、ムスリムと敵対するキリスト教の高僧たちが、「異教徒の飲物」として当時のローマ教皇クレメンス8世(第231代教皇・1592年1月30日~1605年3月3日没まで在位)に、コーヒーの飲用禁止を求める。

しかし、コーヒーを飲んだクレメンス8世は、その味をいたく気に入り、「これを異教徒に独占させておくのはいかにも惜しい、いっそこれに洗礼を施してキリスト教徒の飲物にしよう」と言い、コーヒーに洗礼を施した。

これにより、イスラム社会の飲物だったコーヒーは、一気にヨーロッパのキリスト教社会にも広がっていくことになる。

つづく

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