一昨日の日記「クラッシックとコーヒーと」で書こうと思っていた内容が、書いているうちに違う方向へ行ってしまったので、今日は改めて一昨日に書こうと思っていたこと。
私が子供だった頃、レコード店へ行くと作曲家はベートーヴェンであれモーツァルトであれ、要するに作曲家が誰かは問わず、一番たくさん目についた指揮者は「ヘルベルト・フォン・カラヤン」だった。
もちろん、カール・ベームだとかブルーノ・ワルターといった指揮者のレコードも目にはついたが、少なくとも小学生が知っている作曲家のレコード探すと、ほとんどの曲にカラヤン指揮のものがあった。
ヘルベルト・フォン・カラヤン、世界最高のオーケストラの一つであるベルリンフィルの常任指揮者で、フルトヴェングラーが作り上げた名門オケの名声を不動のものにした人物であり、クラッシックの世界におけるレジェンドの一人で、「帝王」と呼ばれるほどの名指揮者である。
が、同時期の指揮者たちと比べて、そこまでずば抜けていたかと言われると、曲によってはバーンスタインの方が良かったり、クライバーの方が圧倒的に凄かったり。
演奏を聴き比べると、カラヤン以前の人たち、トスカニーニやフルトヴェングラー、アーベントロートといったSP時代の名指揮者たちの演奏を超えるものが見当たらないということもある。
が、そんなことを超越してカラヤンは帝王と呼ばれ、存命中はクラッシック界の頂点に君臨し続けていた。
なぜか?
1950年代後半、SPの時代からLPへと移り変わる中、カラヤンは他の人と比べても圧倒的な質量でレコーディングをして行った。
デジタルレコーディングの技術ができるや否や、他の人に先駆けて、既に録音したものも再びデジタルレコーディングで録り直すなど、積極的にレコーディングをして、他の指揮者とは比べ物にならないほど多くの録音を行ったわけである。
この量にモノを言わせ、音楽業界(レコード業界)のシェアを独り占めにするという手法、よくよく考えるとコンビニが近くに同じ店があろうと出店する、同じドラッグストアが徒歩圏に複数軒ある、という戦略と同じことを1950年後半から彼は行っていたように思う。
ただ、いかに帝王カラヤンと言えども、評論家から辛辣なコメントをされた録音もあったし、正直他の指揮者の方が面白い演奏も多々ある。
が、録音の数が多ければ良い評価も良くない評価も含め、ともかく多数の評価が世の中に出回り、多くの人がそれを目にすることになる。
すると、レコードを買おうとしたとき、音楽誌などを見たら、どの曲であれ必ずカラヤンの評価は載っているから、評価のついていないレコードではなく、評論家が何かを語っているレコード、つまり、カラヤンのレコードを選択する可能性が高くなるわけである。
私の場合、例えばシューマンのピアノコンチェルトをリパッティと録音した若きカラヤンの演奏は、この曲のベストと言っても良いと思うし、オペラとしてではなく、ソリスト含む歌手も楽器の一つとみなして聴いた場合の蝶々夫人は、カラヤンでしか成しえない素晴らしい録音だと思う。
が、一つ一つの曲を考えたとき、カラヤン以上に感情移入できる指揮者・オケの演奏は多数あり、結果的に私の持っているCDの中でカラヤンが占める割合は、かなり低いものになっている。
さて、最近のコーヒー業界を見渡すと、SNSなどでめちゃくちゃ有名になっているお店が、必ずしも高品質なコーヒーを出しているかと言うと、正直疑問の余地があるように感じる。
しかし、戦略的に、場合によっては金銭を払って有名インフルエンサーに取り上げさせることで、多くの人の目に留まり、全くの駆け出しであっても瞬く間に多くの人に知られ、有名店になってしまうということが少なくない。
有名インフルエンサーというのも専門家ではなく、フォロワー数が多い人なので、専門的知見に立って物事を評価しているのではないため、目には留まるけど味についての本当のところは保証の限りではない。
でも、多くの人がソレを見て、ソレを購入して、右に倣えでSNSにあげることで、何となくソレが世の中の主流になってしまう。
さらに、最近は雑誌など紙媒体のメディアでさえ、自分で調査して掘り出すのではなく、SNSなどで調べて頻繁に取り上げられている店を有名店として掲載するから、その店の人気に拍車がかかる。
しかし、そういったSNSや雑誌と距離を取って自分の味覚で判断していったとき、本当に美味しいコーヒー店というのは、実はあまりSNS上で有名な店ではないところの方が多いことに気付く。かも。
と、こういった現象を見ていると、昔と違って今はSNSの時代、昔は本当に質で勝負されていたのに今は・・・と嘆きたくなるかもしれない、が、結局カラヤンとグラムフォンがとった戦法は、現代のSNS戦略と何ら変わらない。
レコード店へ行くとカラヤンだらけだから、カラヤンで聞いておけば良い。
SNSにたくさんあげられているから、それを飲んでおけば流行に乗り遅れない。
現代人も、実は1950年代と形を変えて同じことをやっているんだなぁ・・・と思いつつ、今日もカウンターでお客様と「メンゲルベルクはすごかった」とか、「チェリビタッゲはスローなのに、全く緊張感が途切れない」なんて会話をしている私などは、へそ曲がりなのかもしれない。
ただ、カラヤンを出しにしてしまったが、私はカラヤンの演奏を生で2回聴く機会に恵まれた中、やはり生演奏でのカラヤンと言う人の芸術性は至高のものがあったこと、各々の曲に対してオンリーワンやベストワンではないが、全てにおいて深い造詣があったことは否めない。
そうしてみると、カラヤンで聴いておけば間違いないというのは、間違いとは言い切れないことは書いておきたい。
願わくば、現代のSNS社会においても、本当に良いものが、きちんとセレクトされてSNS上を賑わせる世の中であればいいなぁ・・・
無理だろうなぁ・・・


