今日はひな祭り。
だからと言って、娘も大きくなった今、特に何かするわけではないので、そう言えば子供が小さかった頃は、ちらし寿司を作ったり、なんだかんだあったなぁ・・・と、思い出すのであった。
そんな今日は、朝から雨。
この前雨が降った日は、お客様も少なくなるかと高を括っていたのに、朝から大忙しで準備不足に泣いたが、今日はお客様の足も湿りがち。
ここ1か月ほどで、最も閑散とした店内の一日だった。
お客様商売というものは、いろんなことに影響されるから、まぁ、こんな日もあるさ、と言うことで、明日から頑張ろう。
と言うことで、今夜は先日お客様からお借りしたこちら。

ショスタコーヴィッチ 交響曲第10番
カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
1969年5月29日 モスクワでのライヴ
カップリングにバッハのブランデンブルク協奏曲が入っている。
が、バッハは私の超専門外なので、ここではスルー。
カラヤンと言う人、他の方はどう思うか分からないが、私はライヴでこそ輝く指揮者だったと思っている。
幸いなことに、ブラームスの交響曲を全て生演奏のカラヤンで聴けたのだが、その感動を忘れぬうちに購入したLP(当時、まだCDは存在していなかった)を聴いて高校生ながら「あれ?」と思った。
カラヤンの内なる小宇宙の中をゆっくりと航海するBPOの心地よい音に酔っていると、ここぞでカラヤン銀河の壁を破り、音が大解放されてBPOという帆船が、宇宙船のごとく高揚していく様は、ライヴでしか味わえないマエストロの芸術のように思えた。
そこで、このショスタコ。
カラヤンはショスタコの交響曲10番しか録音していない。
15曲もある交響曲の中でたった1曲、10番だけなのである。
ドイツとソ連という、いろいろと複雑な事情、特に心情的なものもあったのかと思わないでもないが・・・
個人的にショスタコの交響曲の中では、6番、8番、9番、11番が好きなので、この10番はその狭間にある曲。
しかし、この演奏を聴くと、カラヤンと言う人がショスタコに求めたのは、その内包性だとか、社会性ではなく、むしろスターリンの影響や戦争(戦勝)肯定の意味合いがある曲を除外した上で「どの曲なら美しさを表現できるか」という観点だけだったのかもしれないと思える演奏であった。
第一楽章は、シベリウスの交響曲的な演奏のように聞こえるが、3楽章以降はDSCH音型が全開の中、小澤征爾がリヒャルトを振っているのではないかと思うような演奏に聴こえた。
ただ、カラヤンはシベリウスを演奏するときも、北欧の雰囲気と言うよりも重厚な音で録音する傾向があったので、ドイツ的シベリウスとドイツ的ショスタコといったところか。
面白いし一般の人にはウケがいいけど、私個人的に好きかと訊かれると決して好きではない演奏。
珈琲に例えると、アナエロビックのような感じかもしれない。


