自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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verdi マスターの投稿

急遽ブレンド

2026年1月28日 

今日は次の限定コーヒーとなる「ヴァレンタインローズ」の焙煎。

この豆は、ダブルファーメンテーションによって薔薇の香りがするコーヒーなのだが、想像以上に薔薇の香りがして、面白いようなコーヒーではないような・・・

煎り上がった豆を試飲用サンプルとして北白川へ届けた後、髙島屋にも豆の配送に行った帰り、北白川から電話がかかってきて「あのコーヒー、新商品のチョコレートケーキと相性が全く合いません!」と。

ともにヴァレンタイン商品なので、このペアリングをされる方も少なくないであろう中、双方の相性が悪いと言うことは困ったもの。

「一度北白川に寄って、チョコレートケーキを食べながら飲んでみてください」と言われたが、私自身もだいたい想像がついたので、下鴨へ戻って倉庫にあるこんど使おうと思っていたコロンビアのスペシャルティを急遽焙煎。

チョコレートケーキとの相性はもちろん、ブレンドとしての味わいも考えて、そのコロンビア豆と、通常のコロンビアと、中深煎りのコスタリカをブレンドしてみたら、これが想像以上に香り豊かでケーキの風味を損なわない、ある種非常に完成度の高いブレンドになった。

そんなわけで、本当は販売予定はなかったのだが、現在販売中のエチオピア・ベンチマジ・ゲイシャの次は【ヴァレンタインローズ】と【ヴァレンタインブレンド】の2つを併売することに。

コーヒー単体で楽しむなら「ヴァレンタインローズ」スイーツとのペアリングを楽しむなら「ヴァレンタインブレンド」

ぜひ二つのヴァレンタインコーヒーをお試し頂ければと思います。

恐らく明後日か週末から販売開始予定。

どうぞお楽しみに!

撮影とパソコンと

2026年1月26日 

今日は月曜で下鴨店が定休日だったため、私は朝から北白川へ。

来月から期間限定で販売開始となる「チョコレートケーキ」や、2月の限定珈琲用の写真撮影。

その後、髙島屋へ豆の配送をして、戻ったら月刊紙の入稿締め切りが迫っているため、原稿書きと編集作業。

これがけっこう時間がかかってしまい、11時頃から撮影を始め、9時間経過したのに、まだ入稿データの作成までたどり着いていない。

ちょっと集中力を欠いてきたかも。

と言うことで、けっこう目がしょぼしょぼしてきたので、残りは明日に仕上げることにして、今日は帰宅して少し休みます。

普段、店頭に立ったり焙煎をしたりで一日が終わってしまうため、たまにデスクワークをするとパソコンに向かい続ける集中力に乏しくなってしまいますねぇ・・・

明日、頑張ろう。

昭和オヤジの独り言

2026年1月25日 

最初にお知らせです。

期間限定コーヒー、ただいま「エチオピア・ベンチマジ・ゲイシャ種」を販売中!

こちらは、極少量のため、恐らく来週末までには売切れるかと思われます。

あまりゲイシャゲイシャしていない、バランスよく飲みやすいコーヒー。

その分、ゲイシャのなかでは価格も穏やか。

よろしければ、お試し下さいませ。

さて、今日は朝から断続的に雪が舞う寒い一日。

こんな日は、お客様の足も冷え込むだろうと思っていたが、常連さんは有難いもので、開店直後からいつも週末にご来店下さるお客様たちが席を埋めてくださり、なんとか形になったモーニング。

午後らかも、予想以上に多くのお客様がご来店下さって、日曜日の期待値には届かなかったものの、こんな天気の日と思えば有難いことであった。

さて、そんな常連のお客様以外の方々が、どうやってヴェルディをお知りになるのか?

そんなことを考えながら、最近ヴェルディのInstagramを更新する作業を下鴨店の鈴木に任せてみた。

彼女は私の個人アカウントも勝手にフォローしているらしく、さらに私の写真がけっこう好きらしく、「ヴェルディのインスタもマスターの撮った写真を載せて行きましょう」と言うことだったので、ここ3~4投稿は、私がそれ用に写真を撮っている。

正直、私はSNSとかが苦手で、スマホ自体も仕事上必要なLINEを見たり、スポーツの結果を見たり、ということ以外ほとんど活用していないので、Instagramのインサイト情報などもよく分からないのだが、鈴木が言うには、このところインタラクションが上がってきているとのことで、「好ましい方向に行っています。」だそうである。

ただ、個人的にはどうもSNSというものが気に食わない。

「私が若かった頃」という言い方、私も若かった頃に年長者に言われて「時代が違うんだ」とおもったこともあるが、あえて言うなら・・・

私が若かった頃は、何か良いお店、美味しいお店をみつけようと思ったら、友人知人のおすすめをきいたり、実際に歩いていて目についたお店に入ってみたり、そうして「ここは当たり!」というところを見つけたら、通い詰めるといった感じだった。

自分で探して食べてみて判断するのだから、他人の評価などは関係なく、自分が良いと思った店が良くて、他人が何と言おうとそれで自分的には満足できていた・

私が週に何回も通っていたインド料理店「ヌーラーニ」やタイカレーの「シャム」なんかも、「ネットで見て」ではなく、通りかかって気になって入った。というのがスタートだった。

しかし、現在お店を誰かに知ってもらおうと思ったら、SNSなどで露出したり、Googleの検索で上位に表示されたり、といったことが必要になってくる。

今日も、Instagramのプロアカウントの設定の仕方を鈴木と一緒に見ていたのだが、どうも私はよく分からなくて、結局やりたい設定ができないまま。

Googleにしても、マップとかそこに表示される店舗情報のようなものをしっかり更新したり最適化しないと、集客できないといったことをよく耳にする。

なんとかやってはいるものの、ネットで調べてそういうことをやりながら、どうも憤りを感じてしまう。

お金を払って広告を打つわけではないのに、Googleが勝手に店をネットにあげて、見ず知らずの人が一回キリ来店しただけなのに、さも知ったかのようにその店の評価をして、その評価が高ければ、それを見て人が来店する。

なんだか、勝手にMetaやgoogleの奴隷にされているように感じる。

そして、そいういったものを使って店を探したり、情報を得るということは、結局はそんなネット業界の巨人たちの思うつぼで、自分で探す能力の欠如や、自分の舌での評価能力の失墜、人の判断に頼らなくてはならない主観を持てない人間に成り下がってしまうように思えて仕方ない。

もっと言えば、Metaやgoogleは、自分たちが提供するプラットフォームを何の疑いもなく、それが世間の正しい評価だと思って使う人を一人でも増やすことにより、人間を「考える葦」から「単なる葦」にしてしまい、自分たちなしでは物事の判断ができない存在に仕立て上げたいと思っているのではないかと感じる。

スマホを使いこなしていると思っているのが、実はスマホとそれにインストールされているアプリ開発会社に「思考・判断・主観」の能力を吸い取られているのではないかと思うので、ともかく、仕方なく使ってはいるが、Instagramとか、Googleのマップに記載される店舗情報とかとは、こと私生活においては距離を置きたいと思っている。

まぁ、必ずしも「昔はよかった」とは思わないが、今の世の中と比べると、人間が人間らしく生きられていたような気がして、少なくとも今よりストレスは少なかったように感じる。

現在ヴェルディで働いている学生アルバイトと話をしていると「それ、昭和の考え方です」と言われることも少なくない。

でも、昭和の人間にとっては、やはり昭和(後期)って時代の活気はあったが、どこか許容範囲の広かった時代が「良い」とは言わないものの「生きやすい」と感じてしまう。

私も間もなく還暦、もう先もそんなに長くないので、少なくとも自分の目の黒いうちは、完全にネットやAIなどに頼り切らなくても生きていける世の中であってほしいなぁ・・・・と、Instagramの設定がうまくいかないストレスを覚えながら思うのであった。

32年ぶり

2026年1月22日 

今日は朝から多くのお客様にご来店頂き、週末並みの慌ただしさで一日が過ぎて行った。

そんな中、店に入るなり私の顔を見て「あ、続木さん、いた!」と叫ぶ夫婦が・・・

その奥様の顔を見た瞬間、30年も前の記憶が鮮明に蘇り「Hさん!」と言ったら「名前、憶えていてくださったんですね」と。

私が社会人になって最初に就職した会社、ダスキンでミスタードーナツの直営店に配属されたときのアルバイトさん。

学生時代の友人や、京都在住の幼馴染などが不意に来店しても、さして驚かないのだが、30年以上前に働いていたファストフード店のアルバイトさんが何の前触れもなく訪ねてくると、さすがに不意を突かれて驚いてしまったが、彼女たちはアルバイトを辞めた後も、地元在住のバイト仲間同士たまに集まったりして交友してるらしく、皆の近況も聞けて、思い出話に花が咲いた。

そして、「私たちが、こうして夫婦でいるのは続木さんのおかげなんですよ」と。

奥さんの方は、私が赴任したときすでにお店に在籍していたのだが、ご主人の方は、私が面接して採用したようで、「多分、当時の店主(私は新人で赴任したので、副店主という立場だった)が面接していたら、彼は不採用だったと思うので、続木さんが面接して採用してくれたおかげで、私たちは結婚できたんですよ」ということらしい。

今まで30年以上、私も飲食業界で働いてきたので、何十人、いや、何百人面接して採用してきたか分からないので、彼を面接したことも忘れていたのだが、こうしていると、自分が少なからず他人の人生に影響を与えているということなわけで、生きているだけのつもりでいて、それでもいろいろ責任を感じるなぁ・・・と思うのであった。

ともかく「続木さんのせいで・・・」ではなく「おかげで・・・」と言ってもらえると言うことは、二人は幸せな夫婦生活を送っているようで一安心。

そんな今夜は、何となくこれを聴きながら。

マーラー 大地の歌

ワルター指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団

K.フェリアー(コントラルト)  J.パツァーク(Tn)

1952年5月ウィーンにて録音

昔、サントリーのテレビコマーシャルで大地の歌が使われていて、風神雷神の絵が動き出すといった動画だったように思うが、東洋的な音色と風神雷神の絵とウイスキーという組み合わせが、何とも言えないセンスの良さを感じるCMだった。

そんな印象からか、大地の歌は何となく若いころの思い出とともに懐かしさを覚える一曲。

大地の歌のCDは、5枚ほど持っているが、音質だけで言うと、もっと優美なものはあるものの、なんだかんだ言いながら一番よく聴くのは、このワルター盤。

手兵のコロンビアSOではなく、VPOを振ったワルターのテンポどりは完璧で、オケの演奏も流石VPOと言える素晴らしさ。

ソリストの二人、個性の強いコントラルトのフェリアーと、無個性が個性と言えるようなテナーのパツァーク。

この二人が、見事な歌唱を聞かせてくれて、70年以上経った今でも、この曲の代表的な一枚に君臨し続けているのも自明のことか。

懐かしい人に会った後、何となく懐かしさを感じられる大地の歌、しみじみと聴き入る夜だった。

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