昨日は、閉店後にSOU・SOUさんまで行く用事があったので、鴨川沿いを散歩がてら四条裏寺まで歩いて行った。
途中、夕日がきれいだった。
そんな夕日がきれいだった翌朝は、すっきりと晴れて寒くもなく暑くもない、ちょうどいい感じの気温だった。
が、昼間は暑かった。
さて、そんな朝のウォーキング中のこと。
出町柳の橋を渡って、鴨川の東側から西側へ向かっていると、二人の会話から親子と思しき50代と20代の男性が、二人並んでたばこをぷかぷか吸いながら私のすぐ前を歩いている。
橋の上の歩道、幅が狭いので抜かしたくても抜かせない。
そんなシチュエーションで、すぐ1メートルほど前でたばこを吸われると、副流煙も口から排出した煙も二人分まとめて私の顔を直撃する。
私が子供だった頃は、飛行機や新幹線はもちろん、長距離の鉄道だと必ず灰皿が設置されていた。
当時は、たばこの臭いがそのあたりに漂っているのが当たり前だったので、子供でも隣でたばこを吸うひとがいたところで何も感じなかった。
それもそのはず、私が中学くらいの頃に、やっと新幹線の中に「禁煙車両」が登場したというレベルで、ある意味今とは真逆の喫煙事情だった。
が、屋内はもちろん、屋外でも歩きたばこをしたら罰金が科せられる時代、一日に一度も紫煙の香りをかぐことなく過ごせる日も多くなると、モクモクと煙が漂ってくることが苦痛に感じられるようになっている。
まぁ、私も昔は普通にたばこを吸っていたが、ある日あるとき思い立って「や~めた」って禁煙して以来全く吸っていないので、今となっては煙の直撃を受けると苦痛に感じてしまうわけである。
で、その煙を後ろに残して橋を渡る親子、橋のたもとで立ち止まって吸ってくれていたら、そこを通り過ぎる一瞬だけの話だが、前方1メートルを歩かれていたら、後ろを歩く私は逃げ場がないわけである。
思わず「歩きたばこは遠慮願えませんか?」と言おうかと思った瞬間、ふと変なことが脳裏を横切った。
もし、私が注意した途端、この親子が逆ギレして私に殴りかかってきたらどうしよう・・・
そして、もみ合っている間に、橋の下につき落とされてしまったらどうしよう・・・
そうなると、ほとんど水が流れていない鴨川、恐らく私は死ぬなぁ・・・
すると、今日の夕方あたりのニュースで「京都の珈琲店店主、歩きたばこを注意して橋から落とされて死亡」と流れるかもしれない。
そして、翌日のワイドショーか何かでは、「京都の人気珈琲店店主が歩きたばこを注意して殺される」というのをレポーターが枝葉をたっぷりつけて語るのだろう。
「人気珈琲店」と自分で書くのはなんだけど、まぁ、ワイドショーなんてのは、人気があろうがなかろうが、誇張表現をするのが常だから「人気珈琲店」と言うことだろう。
「人気店」死んだあとで他人に人気店と言われるより、私が生きている間に人気店になりたいなぁ・・・
そして、ワイドショーでもニュースでも、犯人や被害者の写真って、50過ぎていても、どこかで卒業写真から拾ってきたような、学生時代の写真が使われたりするが、私の場合画像検索したらいくらでも写真は出てくるし、TBSや関西テレビ、朝日放送、KBSなんかにはテレビにも出演しているから動画すら持っているので、今の私と現実離れした写真や映像は出ないだろう。
そんな中、私はどんな人間だったと言われるのだろうか?いや、だいたいそういった番組では被害者より加害者がどんな人間だったかにスポットが当てられるはず。
でも、まぁ、被害者はそんなに悪くは言われないだろうから、人生の最後は善人と皆に思われて終わるのだろう。
などと考えつつ、いや、でも、まだ私は死ねない。
と、思ったら、注意することもできず、結局橋の向こうまで煙たいなぁ、と思いながら歩くことになった。
いろいろと考えさせられる朝のウォーキングだった。
アホらし。