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カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

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取捨選択

2021年11月15日 

もうすれ違う人の顔を判別できない暗さ。

足元も見えにくいので、ちょっと気をつけねばですねぇ。

さて、最近個人的に危機感を覚えているのがネットニュースというもの。

テレビのニュースは、自分が何に興味あるとか関係なく、一日のいろんなことをテレビ局が重要と思う順に(あるいは、テレビ局が視聴者が興味あると判断したこと)個々の視聴者の主義主張とは関係なく放映される。

一方で、ネットのニュースというのは、個人の閲覧履歴をもとに見ている個人が興味あると思われるものを優先的に表示するようになっている。

同じ事件を扱ったニュースでも、個々の閲覧履歴から、よりその人が納得するような観点で書かれたものが表示されているように感じる。

最近の時事問題で言うと、コロナのワクチンを不安視する人が、ネットで情報を集めていると、検索エンジンが閲覧履歴からその人の主張に近い記事を表示するため、その人のスマホにはワクチンに対するネガティブな情報が優先的に表示され、それによってその人は「ワクチンは危険」という情報が大多数の意見だと錯覚してしまうことがある。

といったことを言う人がいたが、これはある意味分かりやすい実例ではないかと思えた。

私もYahooニュースを開けたら、「主要」のところに野球ネタや飲食ネタが多数出てくるが、ふと「これって主要ニュースに入れるべき内容だろうか?」と思うこともしばしば。

ネット時代の情報収集においては、サイバー空間にあふれるデマをしっかり見抜くことや、情報を取捨選択して得なければ、偏った情報に翻弄されると言われる。

が、入ってくる情報そのものが、ネットによって取捨選択されたものが届くのであれば、見た人が情報の取捨選択をすることは難しいように感じる。

まぁ、そうしてみると、やはり必要で調べたい個々のものではなく、世の中の広い情報を得るという点でみれば、ネットではなく新聞やテレビで取得することが重要ではないかな?とか思ったりする今日この頃。

とは言え、新聞もテレビも各社論調は違うので、各々の観点やポジションを理解して読んだり見たりしないと、真実を知ることはできないように思う。

いろんな意味で、ネットの世界に身を置くと、取捨選択をしているようで、実はネットに取捨選択されているということなのかもしれない。

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