本日の日記も、お客様向けと言うより、スタッフの質問に答える形になるため、書き方も社員向けになっている点、ご了承ください。
今日、芸大店で焙煎を終え、髙島屋へ豆を届けに行ったときのこと、アルバイトの一人からこんなことを訊かれた。
「お客様が、コーヒー豆を冷凍保存しているとき、必要量を取りだしたら、それを常温にもどしてからお湯を注ぐべきか、冷凍庫から出してすぐにお湯を注ぐべきか訊かれた。私とMさんは常温にもどした方が良いと思ったが、店長がバリスタチャンピオンが書いた本に、冷凍庫から出してすぐにお湯を注いだら良いと書いていたと言うものだから、どちらが正しいのか分からなくて・・・」
髙島屋店を開業してから、毎日のように大小いろんな質問をスタッフから受けるようになった。
それだけお客様と対話をしてくれているということなので、個人的には嬉しいと同時に、もっとしっかりと皆にコーヒーのことを教えなければと思う。
さて、今回のお客様からの質問についてだが、これほど簡単な答えはない。
ズバリ「常温に戻してからお湯を注ぐべし」である。
バリスタチャンピオンが言ったかどうか知らないが、常識的に考えたら分かることである。
そもそもコーヒーにお湯を注ぐということは、コーヒーの中にある美味しい成分をお湯で溶けださせるということである。
物質は、それぞれ融点・沸点があり、溶けださせるためには、その物質を溶かすだけの温度が必要になり、その温度は1℃足りなくてもダメなわけである。
「水は100℃で沸騰して0℃以下で凍る。」このことは小学生でも知っている。
水は分かっていても、コーヒーには多数の物質が含まれていて、それぞれに溶け出す温度は違っているはずだが、ヴェルディが82~83℃のお湯でコーヒーを抽出しているのは、その温度帯が一番出したい味を出せて、出したくない味を出さずに済むからに他ならない。
これが、82~83℃ではなく75~80℃だったら出したい味が出せなくて風味が弱くなるし、90℃を超えてくると、ネガティブな苦みを抽出してしまう。
つまり、数度単位の微妙な中で、味わいが変わってくるわけである。
実は、以前温度帯によって抽出される味わいについての実験をしたことがある。
同時に、冷凍したものを常温に戻さず抽出したときと、常温に戻してから抽出したものの味の違いも検証してみた。
まぁ、感じられる味わいには個人差があるので、私の口が間違っていて、そのバリスタチャンピオンの口が素晴らしいという可能性もあるが、少なくとも冷凍したものを常温に戻さずお湯を注いだ時と、常温に戻してお湯を注いだ時では、粉の温度が数度違っていたので、抽出される物質の量は、常温に戻さないものの方が少ないであろうことは容易に想像がつく。

↑常温の粉の温度:このときの室温は24℃だった。

これに83℃のお湯を注ぐと、71.3℃になる。
続いて、冷凍庫から豆を出してすぐに挽いた粉の温度

マイナス10℃で保管していたものを挽いたので、粉の温度は0.6℃まで上昇。

思ったほど温度は下がらなかったが、常温の粉と比べて3.8℃低い67.5℃だった。
たかが3.8℃だが、されど3.8℃。
もし、本当にバリスタとして緻密な味作りをしてきた人であれば、3.8℃を「たかが」とはとらえず、「されど」でもない、「ものすごい差」と受け止めるはず。
ハンドドリップチャンピオンシップに挑戦していた太田が日々研究していたときの姿からも、3.8℃は「ものすごい差」だということを実感する。
問題は、少なくともチャンピオンになった者は、常識的に考えたら間違っているようなことを平気で書いてしまうことは謹んでもらいたいということ。
何も知らない一般人は、常識で考えれば分かることも、チャンピオンという称号に騙されて、間違った知識を信じてしまう可能性がある。
ヴェルディのスタッフは、肩書や称号に目を奪われることなく、例え無名の人の言葉であっても、真実か否かを見極める判断能力を持ってほしい、が、それは難しいことではなく、科学的に根拠が述べられるか否か、自然の摂理に対して整合性が取れているか否か、論理的・常識的に正しいと思えるか否か、この点だけ見ればだいたい判断できるはずである。
同時に、ヴェルディのスタッフに言いたいことは、コーヒーについて学ぶ上で読むべき本は、まず順番を考えてほしい。
私は、カレーについて考え始めたとき、まずはインドの宗教に関わる本を読み初めた。
日本ではあまり考えられていないが、多くの国において、宗教と料理は密接な関係にあるので、この部分を知らないと、メニューは単なる文字の羅列になってしまう。
次いでインドの歴史や地理的なものを掌握したうえで、インド料理店を食べ歩き、シェフと話して、レシピ本を読んで実際に作ってみて、情報を吸収していった。
コーヒーについて知ろうと思ったときは、まずコーヒーの歴史についての学術的な本からスタートして、生産国各国の事情や、品種とその歴史、精選方法について学んだ上で、技術的なものに入って行った。
今現在使われている技術というものは、概ね物事の始まりから今に至る歴史の上に成り立っているので、まずは歴史を認識しなくては、「今」が何の上に立っているのかが分からない。
有名人が書いた自身のサクセスストーリーや技術書は、派手で面白いかもしれないが、正直言ってコーヒーの真実を深く知るためには何の役にも立たない可能性が高い。
ぜひ検討してもらいたい。


