最初に一言お詫びです。
クラッシックをネタにした内容が続いてすみません。
今回も、クラッシックをだしにして書きます。
先日、カウンターでお客様とショスタコーヴィッチの話をしていたときのこと。
小学生だった私が当時購入できたショスタコーヴィッチのLPは、ほとんどがコンドラシン指揮、モスクワフィルハーモニーのものだった。
なので、アナログのレコードはたくさん持っているものの、現在プレーヤーがないから聞けない。
でも、なかなかコンドラシン指揮のCDが手に入らなくて残念。
といったことをお客様に言ったのだが、そしたら翌日、なんとコンドラシン指揮モスクワフィルのショスタコ交響曲全集のCDをそのお客様が持ってきてくださった!!
先日の日記で、子供の私が知っているような曲は、ほとんどカラヤンが録音していたといったことを書いていたが、カラヤンはショスタコーヴィッチの交響曲について言えば、10番しか録音していなかった。
今でこそ、いろいろな指揮者がショスタコーヴィッチを取り上げているが、私が小学生だった頃だから、もうかれこれ45年以上前、ショスタコーヴィッチのレコードを買おうと思っても、選択肢はさして多くなかった。
さっそくお借りしたCDを聞き始めると、「三つ子の魂百まで」ではないが、小学生の時に形成されてしまった「これがショスタコーヴィッチだ!」という演奏の基本がコンドラシンだったので、もう聴いているうちに「コレだ!」と声を上げてしまった。
その後45年以上の歳月で、多くの演奏を聴いたが、やはり私の中の基本と比較してしまうところは否めず、曲によっては他の指揮者のものが良いと思うものもあるが、どうしてもテンポだとか音の強弱のとり方など、久しぶりにコンドラシン指揮のものを聴いて、コンドラシンが私の中で基本になってしまっているということに気付く。
と、前置きがずいぶん長くなってしまったが、これはコーヒーにも言えることのように思う。
常連のお客様とお話していると、他のお店でコーヒーをお召し上がりになったとき、そのコーヒーの感想をヴェルディのコーヒーと比較して語っておられるということが少なくない。
そうしてみると、常連のお客様におけるコーヒーの味はヴェルディが基本になっていて、どうしても他のコーヒーを飲んだらヴェルディのものと比較してしまっておられるのかもしれない。
これは非常に光栄なことであるとともに、最近じわじわと「酸っぱいコーヒーが好き」と言う方も増えてきていることに危機感を抱いてはいる。
コンドラシンの演奏が、客観的に聴いてどうかと言う以前に、私はそれしか知らなかったので、それが基本になってしまった。
同様に、コーヒーの飲み始めが極浅煎りのもので、「スッパイ味がコーヒーの基本」という刷り込みをされてしまった人が増えると、ヴェルディのコーヒーは「酸っぱさがなくてダメ」と評価されてしまいかねない。
ただ、ヴェルディのお客様も、弊店のコーヒーをご愛顧下さる前に、他のコーヒーをお召し上がりになっていたはず。
でも、その後ヴェルディのファンになって下さったということは、まだ逆転の可能性もあるということ。
コンドラシンが基本と言いながら、5番についてはバーンスタインが愛聴盤だし、7番はヤルヴィなんかが面白いと思ったり、11番はビシュコフが凄いと絶賛していたり・・・
どれも、コンドラシンと比較したら、ずいぶん違う演奏だが、それでも素晴らしいと思えるのだから、他のコーヒーを基本とされていても、ヴェルディのコーヒーを評価して下さる方もいらっしゃるかも。
そのためにも、常に高品質なものを作り続けなくてはならない。
ヴェルディのコーヒーにおけるポリシーをブレさせてはいけない。
仕入れから焙煎、抽出にいたるまで、全てしっかりとしなくてはならない。
と、久しぶりにコンドラシンのショスタコーヴィッチを聴きながら思いを深めるのであった。


