明日から連休になる前の金曜日ということで、今日はもしかすると、ものすごく暇になるのではと危惧しつつのスタートだったが、まずまず普通にちょっとお客様の少ない平日という感じで、ちょっと安堵。
お客様商売って、なかなか思い通りにはいかないから難しい。
そんな今日は、金曜日なので私は業務用の配達回りをして、その後は閉店作業をスタッフに任せ、京都コンサートホールへ。

京都市交響楽団の定期演奏会へ行ってきた。
このところ、心に余裕がないのと、仕事以外の時間を持つことがほとんどなかったので、ちょっとくらい自分の趣味に時間を作ろうと思って、京響友の会の金曜日定期会員になった。
と言うことで、これから3月まで、金曜日に開催される京都市交響楽団の定期演奏会は全て同じ席で聴きに行ける。
で、今夜の演目は私がブルックナーの交響曲の中で最も好きな第6番と、トリスタンとイゾルテから「前奏曲」と「愛の死」。
指揮者は上岡敏之さん。

指揮者の上岡さんと言えば、「上岡テンポ」と言われるほど、ダイナミックなテンポ設定が有名で、先日東京で行われたショスタコーヴィチの第8番では、平均的な演奏より20分も遅いテンポで演奏して、日本では珍しく「ブラヴォー」と同時にブーイングも起こるというコンサートだったらしい。
そんなわけで、今夜は何時に終わるかと思っていたが、存外に普通に近い時間で終演。
まず、ワグナーの方は、トリスタンの前奏曲、スタート直後に全休止からどのタイミングでタクトが上がるか、オケが上岡さんの棒を注視する、その集中した気持ちがこちらにも伝わってきて、何となくピンと張った感じで始まった。
愛の死に至っては、ワグナーらしさ全開で、京響の音もパワフル、素晴らしい盛り上がりだった。
京響のワグナー、いいなぁ、と思った。
ブルックナーの方は、最も好きな曲ながら、世間的にはあまり人気がなく、コンサートで取り上げられることが少ないため、CD等ではいろいろな演奏を聴いた中、初めての生演奏。
実は、京響もブルックナーの6番は初演奏らしく、しかも、上岡さんのタクトで演奏するのも初めてとのこと。
どうなんだろう?と思いながらだったが、やはり生は臨場感と迫力が違う。
この曲の聴きどころの一つである超美麗なアダージオは、出だしにオケと指揮者の意思疎通がちょっとズレていた感もあったが、全体的には非常に素晴らしく、特にワグナーの葬送行進曲の部分は、遅いテンポも相まって、迫ってくるものがあった。
ブルックナーの6番は、改訂版がほぼ存在していないはずなのだが、今回の演奏は、存在そのものを私は知らなかったシャルク版(四手のピアノ連弾用に編曲されたもの)を基に、上岡さんが独自の改定版を使っているとのことだったが、具体的にどこがどう変わったか確実には分からなかったものの、時折「あれ?」と思う部分があり、特に通常は入らないはずのGanze Pauseが、けっこういろんなパートで多用されていて、個人的には長いPauseは、この曲の魅力と作曲の意図を削ぐように感じて、全休が出るたび違和感を覚えた。
ブルックナーの6番好きである私の超個人的好みで言えば、マエストーソの第一主題が再現されるときのテンポが、もう少し早い方がカッコいいと思うのと、スケルツォはもっと軽快に行ってほしかった。
そして、終楽章の出だし、ここは本当に超個人的嗜好の問題だけど、多くの6番の録音を聴いて感じたのは、出だしはアンダンテで、アッチェランドしていって金管のジャジャン!が入るあたりでアレグロになるくらいのテンポが一番キマルように思う。(本当に個人的好みです)
素人の偏愛的好みなので、プロがスコアを読み込んで解釈して演奏しているのに物申すなんておこがましいが、本当に個人的好みとして、そんな感じだった。
それにしても、京都にいながら、京響の演奏って、2016年にブノワ賞を受賞したオニール八菜さんがドンキホーテのキトリを踊った公演で、ピットに入っていたのを聴いて以来なので10年ぶりに聴いたことになる。
さらに、ピット以外、つまり、普通のコンサートとなったら、ずいぶん聴いていなかった。
もしかしたら、京都市少年合唱団で歌っていた頃、京響のコンサートに出させて頂いたとき、ステージの上から聴いた、と言うか、歌ったのが最後だったかも?
いや、中学から東京へ行ったので、もしかしたらそうかもしれない。
と言うことで、超久々に聴いた京響、音が分厚くてパワフル!
個人的に、ブルックナーはコンセルトヘボウのような繊細でクリアな音が好きなのだが、こういうパワフルなブルックナーも良いですねぇ。
と言うことで、11月の定期演奏会は、金曜日開催がないため、次は12月の第九になるが、3月まで毎月京響の演奏を楽しもう。



