自家焙煎珈琲 カフェ・ヴェルディ

カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記

  1. 下鴨店TOP
  2. カフェ・ヴェルディの気まぐれ日記
  3. 今日のVerdi

今日のVerdi

寒かった

2022年12月18日 

今朝、開店準備をしながら、芸大のテラス席にあるパラソルを広げようとしてふとみたら、昨夜降った雨の水滴が凍っていた。

ってことは、北白川あたりは昨夜氷点下だったということかも?

そんな今日は、下鴨・芸大共に多くのお客様にご来店いただき、一日慌ただしくさせて頂いた。

店の中で走り回っていたら、けっこう暑かったが、ちょっと外に出たらかなり寒かった。

京都は、鴨川を北上すると、橋1つ毎に気温が1度下がると言うが、北白川は下鴨よりもちょっと寒く感じる。

紅葉の後は、もう冬ですねぇ・・・

芸大では、週末用に20本以上牛乳を仕入れていても、すぐになくなってしまう

スイーツでは、ガトー オ ショコラが作った後からなくなっていく。

寒いと、カフェ ラ テとチョコレートのお菓子が良いのかもしれない。

そんなわけで、冬本番の寒さになってしまったが、今週も頑張って行こう。

久し振りに

2022年12月15日 

あっという間に12月も中盤。

今日はギフト発送の一つの山と言える感じで、朝からシュトーレンやバナナケーキの梱包と発送に追われた。

コロナの最中でも変わらないこともあれば、コロナと同時になくなってしまった仕事もある。

そんな12月、コロナ前に一度依頼を受けた学会のコーヒー。

今年は久し振りにご注文を頂いた。

同じ京都市左京区、店から車で10分ちょっとだが、なかなかいい感じの雰囲気。

今回は2日間、先日も出張講座のご依頼を頂いたり、しばらく外でこういった仕事をする機会はなかったが、こうして人が集まるところでの仕事の依頼を頂くと、やっと世の中も動き始めたような感覚になる。

来年は、もっといろいろなことができたらいいなぁ・・・

と、思いながら、明日も贈る方の気持ちが届けられるよう、頑張ってギフトの発送をしよう。

ガトー オ ショコラとシュトーレン

2022年12月4日 

昨日と今日は、京都芸術大学併設の劇場、春秋座で和太鼓「鼓童」のライヴがあったこともあり、11時ごろから閉店間際まで、ひたすら走り回るしかない営業であった。

営業的には有難い反面、珈琲専門店としては、じっくりとお客様にご説明などもできず、せっかくコーヒーを楽しみにお越し頂いても対応できないというジレンマもある2日間。

芸大店の場合イベントや授業などもあって、時間に制約のあるお客様が大勢いらっしゃる日や時間帯があるという点が難しい。

イベント時やスクーリングの休憩時間にご来店のお客様からは、「急いでいるから、早く出して」と言われることもしばしば、と言うより、かなりの頻度で言われる。

「良い接客」というのは、時と場合で変わるもので、しっかりとコーヒーを楽しみたいと思っている方に対しては、きちんと説明をしつつ、時間を気にせず、丁寧に抽出してお出しすることが良い接客なのに対し、劇場の開演前に急いで食べたいと言う方にたいしては、多少粗い接客になっても、スピーディーに提供することが優先されることもある。

毎回イベントがあるときは、営業面と、珈琲屋の専門家としての面と、大きな視点で見た時の接客業としての面、いろんな面で複雑な思いになる。

さて、そんな週末だったが、商品の入れ替えがいくつか。

まず、ガトー オ ショコラがマイナーチェンジ。

今までは、温めたチョコレートケーキのアンダーに、冷たいアングレーズソースを敷いてお出ししていたが、せっかくソースと一緒に食べられるよう、フィッシュソーススプーンをつけてお出ししても、ソースに手を付けないお客様が大半なので、それなら単純に冷たいままホイップ添えでお出しした方が良いかということで、レシピを変えたものを松尾に考えてもらった。

濃厚で味わい深いのに、軽く食べられるガトー オ ショコラ。

これもなかなか美味しいので、ぜひお試しください。

そして、昨年までは下鴨本店だけでお出ししていたシュトーレンのイートインを芸大店でも始めました。

そんなわけで、今日は朝7時半にプリンを作り始めたら、閉店までお昼ご飯はおろか、ちょっと座って水を一杯、という時間すら持てずに突っ走ったので、閉店後はお腹もぺこぺこ。

こういうときは、やはりカリーですねぇ・・・

ってことで、閉店後にも少しデスクワークをしてから、閉店間際の白梅町へ。

まずは、サラダから。

これですら、五臓六腑に染み渡るという感じ。

ブナキーマ

ビーフサグワラ

店からヌーラーニへ向かおうとした時点で、すでに20時50分。

ラストオーダーまで、あと10分だったので、電話でオーダーをしてから出発。

無事、頂くことができた。

私としては超珍しい、バリバリの北インドカリーにナンという組み合わせ。

マダムの教子さんからは、「サグなんて、何年ぶりのオーダーですか?」と聞かれるほどだったが、疲れた時はこういう濃厚な北インドカリーが良い。

これで明日からも頑張ろう。

アナエロビック

2022年11月20日 

入荷量が少ないため、芸大店と通販だけで販売していた、ブラジルのフルッタメルカドン、私がアフリカへ行くちょっと前に売り切れてしまい、次回入荷は12月になるということなのだが、けっこう芸大店には「フルッタメルカドンない?」と聞いてこられるお客様がいらっしゃる。

そこで、同じように嫌気性発酵、俗に言うアナエロビックの豆を探して、なんとか一般的な価格で販売できそうなコスタリカのものを探してみた。

こちらは、1週間嫌気性発酵の後ナチュラル精選したもので、非常にフルーティーということだったが、やはりフルッタメルカドンは一日の長があるというか、あのクオリティのものはそんなにお目にかかれない。

そんな中でも、控えめながらワイニーでフルーティーなコスタリカを少量仕入れられたので、代役として来週の芸大定休日明けから販売しようかと思っている。

さて、タンザニアに着いたときは、日本との時差ボケなどほとんどなく、普通に視察旅行ができていたのだが、帰国後はなぜだか時差ボケが解消されない。

なんだか夜になると目が冴えてしまう。

で、写真の整理などをしていて農園や珈琲関係以外で出てきた写真を何枚か。

都市部から農村部へ、高速道路なのか単なる自動車専用道路なのか分からないが、ともかく信号も歩道もない道を走っていて、少し渋滞してノロノロ運転になると、いきなり車の横に行商?の人たちがたかり始める。

ほとんど買っている人はおらず、たまに水や果物を売っている人から購入している現地の人を見かけるが、このお姉さんのような布関係は、まず誰も買わないだろうと思うのだが、みんな元気いっぱい笑顔をふりまいて売り込んでくるから面白い。

そして、タンザニアでもケニアでも、以前行ったエチオピアでも、ともかく道の隅や、家の前で座っている人をよく見かける。

不思議なのが、その道を通って農園などへ行って、3時間後とかに同じ道を戻ってきても、やはり同じところに同じ人が座っていることが多い。

もし、誰かが京都の街を車で走っていて、どこかのベンチに私が座っているのを見かけたら「何しているのかな?」と思うだろう。

私も、そういった人たちを見て「何をしているのかな?」と思ったのだが、聞けばこういう人たちは、何もしていない、ただ座っているだけだという答えが返ってきた。

アフリカの田舎町では、「定職につく」ということがほとんどない。

もちろん、コーヒー農園の人たちは、家業としてコーヒーの面倒は見ているが、多くの人は、毎日何か仕事をするというわけではなく、ともかく「生きている」ということだそうである。

こうして座っていると、誰かが「○○を手伝ってくれ」と声をかけ、その手伝いをしたら日本円にして1日100円程度もらい、また翌日も声がかかるかどうか分からないし、声をかけてもらおうというわけでもなく、道に座っている。

と言う人が多いらしい。

元気な時にアフリカへ行くと、大地のパワーがもらえるが、ひとたびネガティブな状態でアフリカへ行くと、精気を吸い取られてしまう。と言う人がいる。

今回は、元気と言うわけではなかったが、そんなにネガティブな気分でもなかったので、パワーを身にまとって帰国することも、精気を奪われることもなかったが、こうして「生きるために生きている」人たちを目の当たりにし続けていると、日々の仕事で感じているストレスとかって、なんなんだろう?と思ってしまう。

タンザニアの平均寿命、2010年以降は延びてきているとはいえ、まだまだ日本とは20年近く乖離している。

その大きな原因は、小学校を卒業する前くらいの年齢までに命を落とす子供が多いということも大きな要因。

農村部だと、病院なんてものはお目にかかれない、医者に診てもらうにも、都市部まで車を飛ばしても5~6時間というのが現実。

しかも、多くの子供は裸足で走り回っている。

足を切って破傷風になったら、そのまま命を落とすと言うことも珍しくない。

蚊に刺されてマラリアになり、ロクに薬ももらえず、免疫力も乏しいため、なくなる子供も多いと聞く。

野生動物の世界とまでは行かなくても、人間すらアフリカでは生きることが簡単なことではない世の中。

日本だと、小さな子供に「将来何になりたい?」なんて聞くことも少なくない。

それは、ほとんどの場合無事大人になれるというのが一般的な感覚だから言えること

しかし、アフリカの田舎では、無事大人になれない子供も大勢いる。

零細農家の庭先で、私に微笑みかけてくれたこの子供、将来何になるんだろう?ではなく、無事大人になってほしと切に望む、そんな世界を体験できる産地視察は、日本と言う国で常識だと思っていることが、実はそうとは限らない、という感覚のリセットにもなっている。

このページの先頭へ