先日、髙島屋S.C.店でアルバイトリーダーとして頑張ってくれているスタッフから、「お話があるので時間をとってほしい」と言われた。
「日時を指定してもらえたら、その時間に来るので」とまで言われたから、よほど重要なことかと、ちょっと心配になった。
と言うのも、そういうときは「辞めたい」と言われることが多いので、ともかく早い時期にと思い、数日後そのスタッフの勤務終了時間後に約束をした。
すると、彼女に言われたことは、お客様がもっと選びやすいように、風味が分かるようなチャートを作れないか、ということや、プライスカードの見せ方、季節限定商品についての提案、ぱっと見で分かるような店内メニューの表示方法について、イートインメニューを追加して、より魅力的な商品提供をするための提案、といった、「辞めたい」とは真逆の非常にポジティブな進言であった。
話を聞いていると、私に言う前に店長ともコンセンサスをとったうえでのことだったので、まずはできることから手を付けていこうと思い、風味のチャートを作ってみた。
すると、これを見ていた北白川焙煎所の山下が「うちの店にも、これを作ってください」と言ったので、北白川で扱っている豆を加えて、もう1枚作ることに。
とりあえず、プリントアウトした後、今日は下鴨で焙煎をしなくてはならなかったので下鴨へ。
夕方に北白川へ豆をとりに立ち寄ったら、「あのチャート、すごい役に立っていますよ」と山下が笑顔で言ってきた。
確かに、私が店にいた少しの時間でも、おいでになったお客様が、このチャートを見ながら注文されている。
私個人としては、コーヒーについて何か聞かれたら、なんでもこたえる自信があるので、わざわざこんな表を作らなくても、説明すればよいといった考え方だったのだが、私は一人しかいない上、特に髙島屋は一人で店を回す時間も多いので、必ずしもお客様に万全な体制で説明をする時間がとれるわけではない。
そうしてみると、彼女は実際に仕事をしながら必要性を感じて、私に提言をしてくれたということがよくわかったのと同時に、常に接客をしながら、お客様の目線や言動にしっかりアンテナを立てて、どういう接客や表示が必要かを考え、臆することなく提言してくれる、こんなアルバイトさんがいることを非常に嬉しく頼もしく思った。
同時に、ふと聖書の「マタイ伝 第25章 14~29節」を思い出した。
まぁ、私はそんな熱心な信者ではないのだけど、学生時代は毎朝礼拝のある学校にいたため、聖書のけっこうな個所を暗記していたりして・・・
さらに最初の就職先が、毎朝般若心経と四弘誓願を唱える会社だったので、般若心経もほぼ暗唱出来たり(笑)
聖書か般若心経か、どっちやねん!?って感じではあるけど、宗教というもの、その根本をつきつめると、そこにはある程度共通の真理があるように思うから、まぁ、諸宗の神髄に耳を傾ければ良いのではないかと思う。
と、話はそれたが、マタイ伝25章14節は、【またある人遠く旅立ちせんとして、その僕どもを呼び、之に己が所有を預くるが如し】から始まる、通称「タラントのたとえ」である。
これからのヴェルディは、5タラントと2タラントを預かった者のように、「僅かなものに忠なりき」と言えるスタッフをしっかりと育てなくてはならないと思うと同時に、そういうスタッフには、「多くのものを掌らせん」ということが実行できる会社にしなくてはならない。
と、思った。