毎日何度か「トイレに入れない」とお客様に言われる。
Verdi のトイレは、本店も造形大店も、ドアを押して入るタイプになっている。
一方家庭のトイレのドアは、概ね引いて開けるタイプ。
ドアを押して開けるようにするためには、便器の前にドアの幅+αのスペースが必要なので、トイレスペースを抑えて居住スペースを広くしたい一般住居では、必然的にトイレのドアは引いて開けることになる。
しかし、お店においてのトイレは、できれば押して開けるタイプにしたいもの。
なぜなら、もし中に人が入っていて、鍵を閉め忘れて座ってしまった場合、引くタイプのドアだと、ドアを開けた瞬間、便座に座っている人とご対面となる。
しかし、押すタイプであれば、完全にドアを開けるまで、座っている人は見えにくいし、ドアが開いた瞬間に声を出せば、対面する前にドアを閉められるので、お互い気まずい思いをしなくて済む。
他のお店が、どう考えているかは知らないが、私はそういう考えのもと、便器の前にスペースを設けて、押して開けるタイプのドアにしている。
が、やはり人間、習慣というものはなかなか拭えない。
特にトイレのドア開閉となると、考えるのではなく無意識に行動することが多いので、必死でドアを引いて「開かない」となってしまうのだろう。
「押してもだめなら引いてみな」とよく言われるが、「引いてもだめなら押してみな」も覚えておいて損はないように思う。
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さて、先日久しぶりにインドから戻ってきたガッファルさんの「ビーフチェチナード」を食べたら、無性にヌーさんの「ゴビチェチナード」が食べたくなったので、仕事を終えた後、急いで烏丸紫明へ。
メニューに「5サラダ」と言うのがあったのでよく見てみると、「5つの宝石」と書かれていたので、あぁ、パンチャラタン(Panch=5、 ratna=宝石 )ね。と、思って、つい「パンチャラタンサラダください」とフランス人の給仕さんに注文したのだが、出てきたのは「パニールサラダ」だった。
『パ』しかあってへんやんか!?と思ったが、素直に「ご サラダ下さい」と言えばよかったのにインド人ではないスタッフに原語の商品名でオーダーしてしまった私にも非があるし、過去の経験からも、こういう間違いはインド料理店では当たり前のようによくあること?なので、そのまま頂いた。
それに、またパンチャラタン食べに行かねば、という口実できたし。
このペッパーの辛味とビネガーの酸味が、「これでもか!」と効いた、ディル山盛りのサラダ、唯一無比のものだと思う。
でも、けっこうな頻度で食べる私は、普通に感じてしまう。
しかし恐らく初めてこれを食べた人には強烈なインパクトを残す一皿だと思う。
そして、無性に食べたかったゴビチェチナード。
インド中南部のタミルナドゥ州の地方名から由来する、最もアロマティックなカレーの一つ。
にもかかわらず、東京の有名店もかなり回ったのに、日本でこの極上の香りを楽しめるのは、烏丸紫明か白梅町くらいなもの。
近くで食べられて嬉しいような、もうちょっとこういう本当のカレーが普及してくれないかと思うような。
インド料理にしても、珈琲にしても、所詮世の中に出回るのは表面的でキャッチーなものばかり。
だから、どこのインド料理店へ行っても、バターをかじりながら生クリームを飲んでいるのと同然のバターチキンカレーと大きさをウリにしているナンばかりで、しっかりと作られた正統派のインド料理には滅多に出会えない。(東京は京都に比べて絶対数の違いからちゃんとした店も多い、けど、ちゃんとしていない店はもっと多い)
珈琲にしても、最近は東京を中心に、やたら生産国や地域、農園名だけ訴えて、焙煎そのものは原価率を低く抑えるためか、単に焙煎技術を持たないだけなのか、やたら酸っぱいだけのものばかり。
結局のところ、ホンモノは本質が分かる人にしか気づいてもらえないから、なかなか普及しないものである。















